2014年1月30日木曜日

【AA】ドキドキプリキュア!最終話感想文2

※時間がないので後日加筆します、と描いたものの
時間が空いてしまったので新たに記事を書くことにします。(゚ω゚)

【モヤッとしたところ】

これを語るか語るまいかで少し迷いました。

文句は全て先週のまとめ記事で語りつくし、
「不満が消えないことは承知した上でいいところを見つければ最終回は楽しく見られるだろう」

という考えで、いつもならひっかかるであろう細かいところには
触れないつもりでいました。


が。

日が経ってみるとやっぱりそれはそれで気持ちが悪い。
と言うことになりました。

いいところも引っかかったところも全部語りつくしてこそ
最終回感想文にふさわしいと思いますしね。



゚・*:.:♪*・゜゚・♯*:.。. :*・゜


▲まず、これ。 



▲マナがやられた。最終回中盤にこの大事件。

▲と思ったら・・ 

 ▲誰の手も借りず自力であっさり復活。

プシュケーを奪われてから復活までに殆ど誰の心理も描かれなかったということは、

作者がこの過程で見せようとしたものは

・マナはとにかく最強、大したピンチに陥る前に自力解決できる子という人物表現

・愛があればラスボスのジャネジーにも負けない。(=愛は無敵の強さを秘めている!という表現)

・最強のパワーアップを演出する前に、一度ピンチを描く必要があった。
(アンパンマンが顔を取り替える前に一度汚されるのと同じ効果)

と言ったところでしょうか。


ここは作者がこれまで描いてきたキャラクター表現についていける人か否かで
印象が変わるんじゃないでしょうか。

通常の人とは違う感情を持つマナに対して「マナはこういう子なんだ」と理解できた人は
「マナらしいな」と好意的に受け取れただろうし、

やはり1年見続けてもマナの非現実的感情に付いていけなかった人は
「なんだこの陳腐なピンチ演出は」と感じたんじゃないでしょうか。


・・因みに私は両方半々でした。
「作者のイメージするマナってこういう子なんだなぁ・・」

と思いながら見ました。


あるいは、ラスボスをやっつける前にピンチを作る必要は欠かせなかったわけですが
「そのピンチをあまり深刻にしないようにしよう」という配慮もあったのかな、
と考えるとやはりこれはこれで悪くない気がします。

特にスマイルプリキュアの終盤は怖い絵が多かったですしね。
みゆきやなおちゃんの怖い表情は、大人の私が見ても怖いと思いましたし。
(アレ、子供は大丈夫だったのかな・・)

アレと比べたら、私はこういうラストバトルのほうが好きです。

゚・*:.:♪*・゜゚・♯*:.。. :*・゜

▲これもちょっとひっかかった。

これは「アン」の肉体を失ったあぐりたちにひっかけたセリフ。

でもマナの肉体は滅びてないし、
「魂は不滅」と言われても、それを裏付ける表現があの短い復活の場面だけではそれも
「言葉だけじゃないか」と感じてしまいます。

私は、ここは
「作者はアン王女と引っ掛けてちょっと気の効いたセリフを言わそうとしたんだな」
と感じました。


私自身それでダメ出しを受けて勉強を続けている身分なので
キャリアの長い脚本家相手にえらそうなことはとても言えないのですが、

頂いたコメントの言葉を借りてひとつだけ言わせて頂くなら、

山口亮太さんという脚本家は、少なくともこの作品においては
表現を言葉に頼りすぎる人なんじゃないかと、1年間見てきて感じました。

「愛」を表現するにも「愛してる」「好きだよ」という言葉を多用していますが、
人物の行動がそれに伴っているとは言い難い部分が多く、それが

このブログのコメントでよく見かける「言葉が薄っぺらい」
という印象になっているんじゃないかと
私は考えます。

※もっとも、又聞き情報ですが山口さんは
「愛してるという言葉を恥ずかしがらずにどんどんつかっていこうよ、気持ちを言葉で伝えようよ」

ということを表現しようとしていた、という噂も聞きますから、

その考え方に寄り添うなら
「まあ、それはそれでアリなのかな・・それに共感するか否かは視聴者が判断すればいいんだし」

とも思います。


・・・・いや、でも、やっぱり、それを描くにしても、
もうちょっと自然な表現の仕方があったんじゃないかな?
と思いますね。(゚ω゚)


▲このシーンもセリフ、長かったですね・・・


・・あ、もしかして山口さんは「子供向けに分かりやすくしようとした結果」、
感情をセリフで説明する表現が多くなったって事なのかな?

だとするとどうなんだろう。
子供にはそのほうがいいのかな・・・・・これは専門家に聞かないと分からないかも。


゚・*:.:♪*・なぞの答え゜゚・♯*:.。. :*・゜

コメントまとめ記事にメモっておいた、物語の中に発生した疑問を
改めて振り返ってみます。

http://teioblog.blogspot.jp/2014/01/blog-post_8.html

・氷付けの女王がイミテーションで、精神も二つに分けてあったなら、
鏡を通して語りかけて
いた王女はいったい何者なのか


A:どうやらアイちゃんの中にアン王女の意識が残っていたらしいです
(私は納得できない。(゚ω゚))

・王女の記憶が無いのに、プリキュアに変身する前からメランに会いに行ったり
プリキュアとしての自覚や矜持を持ってマナ達に先輩面していたのはなぜなのか


A:・・・・・・・・・・・
http://teioblog.blogspot.jp/2013/12/blog-post_25.html

「すべての知恵が詰まった王冠」なんかなくとも、
王女様が一言説明してやれば済んだことじゃないか


A:・・・・・・・・・・・そうですね。(´ω`*)

・敵を騙すにはまず味方から……だったのかも知れないけど婚約者や自分を

敬愛してくれてる歌姫、そしてマナたち地球のプリキュアにも
嘘ついての時間稼ぎは酷くないかと。そんなに皆を信用できなかったのかと


A:お、王女は弱い子やったんやって・・(震え声)


・・・なんか、あまりこういうところに突っ込んでると
構成のミスをあげつらって厭味を言っているみたいでいい気分がしませんね。

「語りつくそう」と一番アタマに描きましたが、やっぱり
明らかなミスや苦しい辻褄あわせと感じるところに関しては
あまりツッコまないほうがいい気がしてきました。(゚ω゚)

ということで、私の「もやッとしたところ」は以上で語り終わりにします。


゚・*:.:♪*・よかったとこ・2゜゚・♯*:.。. :*・゜

▲青空のラストバトル。派手な攻撃は見ごたえがあった。 


▲この絵もかっこよかった。
キュアソード レベル99って感じ。

▲「仲間を支える」カット。 

▲「マナを信じる友達」を表現するちょっとイイシーン。 

▲ギリギリ死ななかった。チキンレースみたいだね。
「絶対死なない」安心感があるアニメだからこそ好意的にみられるシーンでもある。 

▲単純に、かわいい衣装。(´ω`*) 

 ▲うん。彼女達らしい。
ありす嬢にちょっとハラハラさせられるけど..._〆(゚▽゚*)

▲ あぐり。レジーナとフュージョンして国に帰っちゃうかと心配したけど

▲これからもあぐりはあぐりとしての人生を歩む。よかったね(*´ω`)

▲別の世界とつながったまま。
「別世界の仲間と分かれて、いつもの日常に戻る」のではなく、
「一緒の世界が始まっていく」っていう終わり方は面白いし、ホッとする。

「これからどうなっていくのか」を想像する余地が沢山あるのも面白い。


▲新しい彼女達の生活を想像するためのヒントとも言えるシーン。 

▲この男は徹頭徹尾「どういうわけか」で身の振りが決まったね。

▲出会いを振り返ってからの 

▲今のまこぴー。 

▲これはお世辞抜きにいいセリフ。

まこぴーに関しては、1年を通しての成長が感じられてよかったなぁと思います。
それは考えてみると、序盤の彼女には「他人を信用しない」という明らかな成長の余地・
あるいは成長のテーマがあったからに他ならないだろうと思います。

やっぱり長編のアニメなら尚の事、人物に「欠点」を持たせることは
大事なんだと再確認しました。


゚・*:.:♪*・画像でコメント゜゚・♯*:.。. :*・゜

▲「幸せの王子」は、その物語になじみが無いから最後までピンと来なかったな・・・

でも、それも慣れたら「そういうもんなんだな」と思えるようになった。(゚ω゚)

▲マナ弟子ジュンきゅん。
最終回間際、マナの影響を受けて行動していた姿がとてもよかった。

 ▲レジーナ中学生?
あぐりと同い年じゃないのか・・?


・・・いや。本当は10歳だけど、戸籍が無いのをいいことに

改ざんしたに違いない。マナと同じ学校へ通うため・・・・・彼女は相変わらず
ジコチュ・・・・いや、愛にあふれる子なんだなぁ。(´ω`;)


▲王様。なんかちょっとほっこりするカット。OPともちょっとかかってる。

しかしまあ、事情があるとはいえ国王を名乗る資格を自ら捨てたようなものだし、
国民にあわす顔も無いだろうから、こうなるしかないわね。 

▲ももまん。

・・・結局ももまんとはなんだったのか・・・・
肉まんではなく、わざわざ一般人には馴染みの無い
ももまんにしたのは、何に引っ掛けていたんだろう。 

▲ヽ(゚∀゚)メ(゚∀゚)メ(゚∀゚)ノ

えろーいえろーい(*´ω`*)

これエロいやつや。
百人一首をテーマにしたエロ小説に違いない。

(「百人一首」という漢字が読めないお子様にはこれが本当に「ちょっとえっちな何か」に
感じられるのではないだろうか。
・・・・いや、感じが読めない子供にはちょっとえっちな何かも分からないか・・・・


・・・・・・・・・いやいや、自分の幼少期を思い出してみると・・小学1年位の子ならありえる気がする。)

▲この本をどう解釈するかによってこのカットは色々想像が膨らむ。

゚・*:.:♪*・゜゚・♯*:.。. :*・゜


あらやだ。これで画像が終わりだ。
最終回の感想文のシメがこれでいいのか・・・・


と、思ったけど、コメントまとめがあるから今はこれでいいや。
という事にします。(゚ω゚)

私が語り損ねた事があれば、
コメント欄で教えていただけると幸いです。

゚・*:.:♪*・゜゚追伸・♯*:.。. :*・゜

ニコニコのていおスレを見てみたら

私の感想文の解説に「辛口気味」とありますね。

それは違うんじゃないかと思います。


私は感じたことをそのまま語っているだけで、それを
「甘い」「辛い」というのは読む人が判断することです。

「辛口ですね」という意見が寄せられた文章に「まだ甘い」と言う人も居ます。

「辛口」と思われてしまうことにメリットは無く、それどころか
人から反感を買ってしまうリスクさえ発生するわけで、出来たら避けたいとさえ思っています。

(思ったことにうそはつけないので、リスクを避ける工夫といえば
出来るだけ自分の本意が伝わるような言葉を探して感想を書くことしかないのですが。

そして、その効果はあまり高くはないようです(゚ω゚))


私は、はじめから「甘口にしよう、辛口にしよう」という意図を持って
感想文を書くことはありません。

・「感じたことを言葉にまとめる事で物語を理解する」
・「良いところがなぜ良いと感じるのか、悪いと感じるシーンの原因は何なのか
を明らかにすることで物語作りの勉強をする」

という事が感想文を書く目的である私にとって、
「甘口辛口」を意識することは全く意味が無いことなのですから。


ただ、「この感想文に対する感想が語り合われる」事に付いては
内容が否定的だったり、誤解や歪な解釈を基にした批判であっても光栄に思っています。

最近は書き込みが減ってちょっと寂しいですが。(´・ω・`)

私は書き込みはしませんが、ちょくちょく(毎日)チェックしに行ってますので
このブログのコメント欄にかけない様な意見は是非こちらに書き込んでください。

内容によってはまたこのブログで取り上げてお応えします。

33 件のコメント:

  1. 王女様が消えてまこぴーを中心に4人が泣いてるシーンで、なぜか娘がふふっと笑いました。
    笑うとこじゃないとは思うんだけどなあ。
    でも、まこぴー以外はほとんど王女様とは接点がないわけで、
    冷たい言い方をすれば、まこぴー以外は泣くこともないんじゃね?とも私は思ったんですね。
    あそこで他の3人が泣いてるのは、王女様が消えたということもあるけどそれ以上に、
    まこぴーがこれまで戦ってきた理由を思って泣いてる、と解釈するのがいいのかなと思うのです。
    娘の笑いは、たぶんあのシーンをそこまで理解できずただ意外な場面に映ったせいじゃないかと。
    尺の中でまこぴー以外の3人をあそこでどう行動させるか、を考えると、
    「ああするしかなかった」のかもしれませんがね。

    政府公認のプリキュア、という部分は、私も抵抗がありました。
    ASNS1のように、町で話題にはなるけどもどこの誰かはわからない、
    というのがワタクシ的にはギリギリのラインなんで。
    正体が誰であろうと、町のみんなはプリキュアを応援するでしょう?それで充分な気がするんですよ。
    今回のマナにしても、バラしたくてバラしたんじゃなくて、
    極端に言えば「いつもの調子だったのをうっかり世界に中継されたからバレた」。
    そういう人が目の前で世界を救ってしまったら、身内はともかく、
    一般人は彼女たちに対し今まで通りの普通の接し方ができなくなると思うんですが。
    誰もそうならないところ、この話はできすぎてる。
    ウルトラマンも仮面ライダーもフレッシュプリキュアも、バラす時は覚悟を要した。
    「鎧武」に至っては、ネット中継で最初からバレてるからひどい目に遭ってさえいる。
    まあ私に「正体バラしという行為はリスクを伴うモノだ」という先入観があるのかもしれません。

    「ドキドキ!プリキュア」とは、そこを含めて戦闘ものにありがちな様々な「重くなりそうな」要素を
    最初から最後まで「マナというキャラの力で全部覆しちゃった」作品でしたね。
    プロデューサーの発言で、「マナと声優の生天目さんは、出逢うべくして出逢った」というのが
    ありますが、その点成功していたのではないかと思います。

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    1. たびたびお邪魔してすみません。
      最終回で個人的にツボだったのは将棋をさし「王手」をする王様。
      こういう父親なら娘がかるたにハマっても不思議じゃないので妙に納得(笑)。

      さて付け加えになりますが、
      ストーリーの縦軸や重たい部分は主にまこぴー・亜久里が背負っていたものの、
      生まれついての強力キャラ・マナを中心に据えたことで、
      そのこと自体に不満はありますが全体は明るい作風になりました。
      しかし、大人が見ても謎の多かった展開には「子どもは大丈夫か?」と不安がありましたし、
      子どもが喜ぶ戦闘部分の盛り上がりに欠けたのも残念な点です。
      また個人的に、亜久里はあまり好きになれませんでした(あくまで個人の感想です)。
      それから、相田家の家族関係があまり描かれませんでしたね。
      当初、宗吉と健太郎の仲が改善?されていくのを期待したのですが、
      そこは全く手つかずのまま、設定がストーリーに活かされることもないまま
      ちょっとしたやりとりだけで終わってしまったことも残念な部分です。
      家族については、六花やありすのほうがきちんと描かれてました。

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    2. 相田家の男子(違)二人はそもそも仲悪くありませんよ。ケンカするほどなんとやらの基本です。
      あゆみさんに手玉に取られてますしね。

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  2. 政府の人はマナに又と言っていたのでしょっちゅう頼んでいるのでしょうね、それでも周りの扱いは変わらないのはご都合っぽいです、

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  3. シリーズ物の宿命として他のシリーズと比較してこれは○○じゃないとか○○はこうあるべきなんて固定観念や理想の押し付け的な見方をしてしまう部分は多少なりとも有る気がします(主に自戒を込めて) しかしそういった批判以外にもドキドキは残念な部分を感じました。アン王女(アイちゃん,レジーナ,亜久里含む)を主軸にまとめ上げた(多くの矛盾を孕みながらも)ストーリー構成はプリキュア側もジコチュー側もドラマを産むには難のある設定だった事に原因してるのでしょう。ジコチューの産み出される過程(本人の自戒で解決済みとしてフォローなし)やマナの特殊なメンタルとマナ中心過ぎる周囲のキャラ達はテーマの描写にもキャラの掘り下げにも寄与できていないのは実にもったいない。アン王女関連の謎解きを無駄に引っ張ったのも物語の構造上の弱さ(他に全体を貫く材料に欠ける)からだと思えます。もちろんマナ自体が全く悩んだりしてない訳ではありませんけど印象としては弱いのは否めません。生天目さんの熱演は伝わるだけに惜しいですね。

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  4. やはりプシュケーの件はモヤモヤしますね。
    そんなシーンいれるぐらいなら各個人変身バンクをフルで流すか、レジーナ入りの変身シーンでも作ればいいのに・・・
    説得時に「支えてくれる仲間が~」ということなら、復活は仲間の声援によってなされたほうが良かったのでは?
    あの復活はギャグのつもりなのかもしれないけど、真剣に考えたら変な話になりそうだ。
    「ジコチューじゃない人間なんていない」で強制黒化能力というものがかつてあったのに、
    どうやってもプシュケーが黒く染まらないなんて、まさか人間じゃない!?
    マナは母親が某国の姫君にしてプリキュアで父親の姉がプリキュアとかそういった人間なのか?
    いや、たぶん菩薩なんでしょう。ジコチューを悪ではなくちょっと可哀想なヒト程度にしか考えてないみたいだし。
    マナは(六花とありすもだが)一話の時点で、善悪敵味方という認識を超越してるような気がします。
    (劇場版では、NS2も含めてしっかり倒すスタイルですけども・・・)

    あとメランが出てこないのが不満。今の世は若い者に任せたっていってもメラン達が倒し損ねた敵が暴れているのに、完全放置ですか?
    王冠がトランプ王国にあるかのような描写もあいまって(つまり3種の神器のうち2つがジコチューの封印のために近くに配置されていると考えられる)一万年前のプリキュアのうちキュアエンプレスだけハブられているのかと思ってしまうではありませんか!
    キュアエンプレスと残り2人が喧嘩別れして、メランはキュアエンプレスについて行った・・・みたいな。
    そういえばプロトジコチューはキュアエンプレスだけ思い出してましたが、実はちょっと気になってたとか?

    ドキドキプリキュアはある程度の謎(設定の空白部分)を放置してラストを迎えたので、
    『フロム脳』な人間にとっては、非常に妄想し甲斐のある作品でした、と製作スタッフを讃えておきたいと思います。
    しかし、年端のいかない女児にフロム脳を期待するのは間違っていると、製作スタッフは肝に銘じるべきです。

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  5. お久しぶりに投稿致します。
    過去レスを確認してないので、的外れだったら申し訳ないのですが、「相田マナ」という「愛だ愛」と名付けられたキャラとして、まったくぶれてなかったと感じている者です。
    そんなに違和感のある特殊なメンタルだったのでしょうか?
    大人として誰もが持ちつつも実行できない理想を見て否定的に感じるのではないかと分析してます。
    物語は、その「やれない」「やりきれない」理想を実現するとどんな弊害があり、また実現できるならどんな形になるのかという一つの結果を見せてくれたと思います。ご都合主義に終らせた点は、正義ヒーローものとしてここでは必要ない描ききれない点を割愛したものだと思ってます。
    人は生きる為に自己中心的に行動をするのが幼少期までで、親、友人の愛情や悪意を見て、感じて、自分の良心を知り、初めて社会性を持ちます。
    一見自己犠牲の過ぎたスーパーマンですけど、幼児が感じるべき感情をキャラ達は体現しており、物語はそれを最後まで貫いてます。
    プリキュアってなんだろうということも、怒ろうが戦おうが根っこは信じるべき愛があるのがプリキュアなんだよっていうことは十分に伝わりますし、そう言う行動を取れるようになりたいね、そうなる為に自分と戦おうねって狙いには十分であると感じます。これをしつけと称した虐待の解釈にとられるという懸念はここでは必要ありません。
    マナ自身も自分の行動理念に振り回されてる点も見えますし、それを指摘する友人達がちゃんと描写されて居ます。
    他の物語の要素はあくまで素養であって、最後まで相田マナという「理想」のキャラを伝える筋は通しており、一つの憧れを描くには十分面白い表現であったと思うのです。
    プリキュアのシリーズはいつも【見てくれる幼児に知って欲しいこと】の感情や感覚、解決方法のヒントを描いてくれていて、厳しい社会からすればあり得ない、やもすれば嫌われるようなキャラを持ち込みながら、本心では皆、憧れてる描写をしてくれてます。
    今回は特に大人には見ているのも辛い理想キャラだったが故に否定の声が多く見られますが、あくまで親(大人)の子への教育の手助けの作品でもありますから、相田マナという分かり易い一点だけの表現をしたキャラで子供へのメッセージには十分だったのではないかと感じております。
    幼児がドキドキ!プリキュアを見る気になれなくなったと感じるなら、それは成長した証しでもあると思いますよw

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    1. マナが幸せの王子モチーフだったので、時々昔のあるアニメを思い出していました
      彼女を拒絶する大友は「幸せの王子のなれの果て」なのかもしれませんね

      でもたぶんプリキュアだけでなく、忘れてしまった過去のヒーロー、ヒロインたちも、
      大人の心のどこかに眠っていて、今の自分たちを支えてくれていると思います

      削除
    2. >大人として誰もが持ちつつも実行できない理想を見て否定的に感じる
      と言うのは、あまり賛成できる意見ではないですね。
      なぜなら今までのプリキュアの多くも、人に対する思いやりとか、つまり「愛」の点で言えば
      大人たちが実行できないような理想の姿を体現していたように思うからです。

      だから、マナを嫌うのは、そういう大人のある種卑屈なメンタリティに基づくものではなくて
      単純にマナのキャラクターが、やはり特殊だからだと思います。
      この特殊さと言うのは、マナの博愛主義的な性格のこと言うのではありません。

      例えば良く指摘されるのは「あーすっきりした!」の場面とかですね。
      あの立ち直り方はどう考えても特殊でしょう。
      この場面が嫌いだと言う人は「現実の俺はこんな風に立ち直れない。マナの強さが、理想がまぶしい!嫌だ!」
      と思っているわけではないと思います。
      こういう立ち直り方が出来るメンタルが理想的だとも思わないし
      単純に、普通の人間から見ればありえない精神の動きについていけないのです。

      他にも初対面の相手にですら「生徒会長」を名乗るメンタリティもちょっと特殊でしょう。
      だって考えてみてください。
      今までの人生でそんな自己紹介されたことないじゃないですか?(もしあったらすいません)
      そういう行為を、慎みが足りないと思う人がいても不思議じゃないと思いませんか。

      さらに言えば、マナが嫌われる理由は、マナ自身のキャラクター以外に寄るところもあるでしょう。
      例えば、ロイヤルパッドの「キュアハートに力を!」や
      最終決戦の一人だけパワーアップなんかの、ある意味ワンマン的な扱いとか。

      削除
    3. マナのキャラ自体は思考実験としては面白いと思えますけど作品中での扱いがいまいちキャラを生かしてないのかも。理想的なある意味極端な主張だからこそ味方や敵が上手く対立軸になってあげてればより理解しやすくより深い感動を呼び起こせたのに。初期のソードは良かっただけに惜しいね。やっぱり葛藤や衝突が足りてない

      削除
    4. マナのキャラというよりも、マナ以外の配置が悪かったな、という印象です。

      ヒーローは皆を救う過程を通してその時の姿勢や感情を魅せるのが一番大事だと思ってますけど、
      今回ラスボスですら敵の話を聞いちゃうタイプで優しめの世界観でしたから、強キャラのマナだとどうしてもその過程が飛んじゃう。
      そうなると視聴者には説得力に欠けますし、生温く感じます。
      人間関係ですら最初からマナは許されちゃいがちな甘めの関係でしたし

      マナは対立したり衝突したりのなかで強く煌くタイプだと思うのでなんだか惜しいなぁ

      削除
    5. エシディシ先輩のストレス解消法にはジョセフも困惑してましたもんね。
      でも実際あり得る手法ですし、不自然ではないんですよね。
      多くのヒトには幾度か見せてきたマナ式逆転劇の延長と見ることができたでしょう。
      (相変わらず子供が理解するには難しい話だとは思いますがね?)

      問題があるとすれば、マナがその境地に達した背景が結局描かれなかったこと。
      スマイルのみゆきにはニコちゃんあるいはスマイルちゃんという背景があったけど、
      マナがあれほどのレベルに達した原因はなんだろう?

      しかし、かつてマナを泣かせ、ありすをキレさせたガキどもってジコチューより凄いんじゃないかw

      削除
  6. 本当に色々とおしかったなあと思える作品でした
    プシュケーの件、子供目線ではなければ少し思うところがあります
    今回マナがやったことは、自分の心の自己中を押さえ込むことですから、
    生身で四葉タワーを駆け上ったり、プリキュアの力に比べれば、「やろうと思えば」実は誰にでも出来ます
    自分の心ですから、結局は自分が対応しなければならない事だと思います

    今までの作品なら全員プシュケーを抜かれて、マナが術を破り仲間を助ける展開でしょうね
    今作ではピンチが見えにくい・仲間の助けが必要な展開が少ない
    結果、仲間との絆不足に見える、子供には言葉で説明が必要ということになったのかも

    逆にパートナー妖精との絆は48話ですごく分かりやすく描かれたと思います
    特に日頃大人に見えるありすと、子供なランスとの関係は意外でした
    いざという時、巨大なランスに頼ったことから見て、実はかなりランスが心の支えになっていると感じました
    あと、最後のリフレクション、二人で叫んでいますね

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  7. ご無沙汰しております。最終回と言うことで、久々に書き込ませていただきます。

    ドキプリは一言で言えば、マナが好きになれるか否かで評価が決まる作品、と言えるでしょう。

    はっきり申し上げると、私は最後までマナが好きになれませんでした。人の気持ちを考えず自分の意見を押し付ける所が。
    今思えば、第4話でマナへの悪口をありすの鉄拳で黙らせてしまった辺りに、この作品の限界が現れていましたね。
    あの台詞こそ、本来はマナの偽善的な一面・変わるべき一面を的確に示していたのに、そこから発展させず、ひたすらマナはスゴイの一点張り。
    これじゃあ成長も何も望めません。時と共に変わるのが人でしょうに。

    あと、「愛に罪はない」と言い、国王の悪事を有耶無耶にしたのも、非常に不快でした。
    動機に愛があれば、殺人でも許されるんですか? 娘のためなら、皆を不幸にしたことも、仕方ないと済ませられるんですか?
    (ジコチュー化は、確かに殺してこそいませんが、その人達の人生を滅茶苦茶にしたことには変わりありません)
    悪い事したらキッチリ反省して落とし前をつける。それが普通でしょう?
    せつなもエレンも、本人達なりに反省をし、償いの努力はしましたよね?。
    レジーナや(元)国王は、人々へのお詫びやトランプ王国復興の手伝いくらいしろよと思いました。

    ドキのスタッフには特撮ファンの方が多いと見受けられました。
    しかし、特撮ドラマで散々描かれてきた(至近の例だとウィザードの笛木)、

    「愛の為だろうと何だろうと、罪もない人々の命や幸せを犠牲にすることは許されない」

    というテーマが理解できていなかったようですね。

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    1. 描写や展開が悪いのは分かりますし、好き嫌いは仕方ないですが、マナを嫌いな理由探してません?

      >マナへの悪口をありすの鉄拳で黙らせてしまった
      そもそも、同級生のがきんちょ二人が年上のでかいの連れて来てませんでした?
      ありすに嫌がらせした上で、女の子相手にさらに力ずく
      大人から見ても男が情けないまねするなと拳骨叩き込んで叱って終わりですよ

      国王については行動が軽率ですし、私情に走った時点で国王としての資格は無いと思います
      結局、「アン」そのものは失っていますからそれが罰だと考えましょう(元々ジコチューの罠ですし)
      ジコチューという敵の性質上、心の中のジコチューに負けなければ問題無いわけで、
      国民自身も自分の悪の心に負けたという点では反省が必要です

      誰かが平和を守ってくれているとして、その人がヘマをやらかしたから非難する…?
      力が足りないのなら頼るだけでなく、私は自分でも立ち向かいたいと思います(今の日本はそんな感じです)

      削除
    2. それはどうだろう、匿名さん。
      マナ嫌いの理由を無理に捻り出す行為は誉められたもんではありませんが、
      そういう誤解を招いたのは製作スタッフに責任があると言えます。
      説明を必要とする因子が多いのに、説明が不足しているのがドキドキプリキュアの問題点の一つでしょう。

      削除
    3. >ぴーすぴさん、もぐりさん
      確かに失礼な言い方でしたね、ぴーすぴさんすみません
      ただ、スタッフの問題と作品中のマナの問題は一応区分けしておくべきかなと思います
      エースとハートのリーダー描写がかぶったりと、スタッフは詰め込みすぎでした
      どうしても厳しい評価をされますが、言われているほどマナはご都合完璧キャラでもないかなと私は思います
      過去作にのぞみというカリスマリーダーキャラがいるので、さすがに彼女の描写には勝てないでしょうね

      天然ジゴロという点については他の追随を許さないキャラだとは思いますが

      削除
    4. やはりマナのキャラ描写は失敗ですよ。後半ではマナの欠点の描写なんかも出てきたけどギャグ的に処理されてしまってドラマとしてはあまり意味が無かった。みんな口を開けばマナマナマナ、私達の力をキュアハートにっていうイエスマンオンリーなバランス感覚皆無な世界観じゃ本当のキャラの魅力を引き出せない。

      削除
    5. 匿名様(2014年2月1日 22:35)
      >マナを嫌いな理由探してません?
      どこが自分の中では気に入らなかったか、問題点を書かせて頂き、意見交換するのが目的でした。
      議論に乗っていただき、ありがとうございます。

      >マナへの悪口と鉄拳制裁
      この件で少々誤解があったので、補足させていただきます。
      私が問題点としたいのは、4話で挙げられたマナの問題点(押し付けがましさ・偽善性)をいっさい解決することなくストーリー展開を進めた点です。
      ここを上手く料理すれば、マナをもっと丁寧に描写できたのに、という旨の主張です。
      決して、ありすの鉄拳粉砕でいじめっ子を倒すことが問題としてるわけではありません(もっとも、それ自体も褒められたものではありませんが)

      >結局、「アン」そのものは失っていますからそれが罰だと考えましょう(元々ジコチューの罠ですし)
      罰を受けたかどうかではなく、王(+レジーナ)が、それまでの悪事に対して反省の意思を見せなかったのが問題だと思われます(尺の問題もあるでしょうが)。
      エレンもせつなも、本人達なりに罪悪感や反省を見せていたのに、これはあんまりです。
      「悪いことしたら反省して謝る」。
      コレを教えるのも子供番組として大切なことだと私は考えますが、いかがでしょうか?

      >国民自身も自分の悪の心に負けたという点では反省が必要です
      お言葉ですが、その方々は極限状況だったので、彼等を「悪の心に負けたから反省が必要」と断ずるのは、どうかと思われます。
      災害時で他人を助ける余裕がない時、「自分だけ助かりたい」と考えるのは自己中でしょうか?
      少々、酷に過ぎる御意見かと存じます。

      >マナはご都合完璧キャラでもないかなと私は思います

      ・プシュケが抜かれても何故か自力で復活
      ・常にマナは正しいという結論に至るストーリー展開
      ・家族を失って悲しみに浸っても、十秒泣いたら即復活する不可思議な感情変化

      これらの点だけ見ても、仰られている『ご都合完璧キャラ』に該当すると思われます。

      >エースとハートのリーダー描写がかぶったりと、スタッフは詰め込みすぎでした
      仰る通り、キャラの役割が被るのは褒められたものではありませんね。

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    6. ぴーすぴ様
      ご丁寧なお返事ありがとうございます
      >4話の件
      基本ありす回なので、構成を大幅に変えないと無理でしょうね
      >国王の件
      ちょっと極端な言い方だったので、私は反対意見を出させていただきました
      これは謝らせるには家族愛の肯定をなんとかしないといけないので、
      大本の組み立て段階でのミスですね、テンポ的にも今回だけの尺では難しいです
      退位して共和国になったことから、見てないところで国民にわびたと解釈するしか

      >国民の件
      実際、近年に災害が日本で起きていますが、どうだったでしょうか?
      それに自分の国ですし、私は自分のジコチューに負けて自分の国を壊したなら、
      恥ずかしくて人を責める気にはなりません(王女も病み上がりで戦ったのですし)

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    7. 今日の感想は明日になるということで、最後にこちらに意見をと

      王様の件については…
      私としては愛と自己中が表裏一体になることがあるという一般論的な話ではなく
      今回のケースという個別論でいえば、悪いのはほぼ全てプロトジコチューであり
      国王を責めさせようとするのは論理のすり替えであるとすら思っていたので
      国王の最終的な扱いには特に不満を感じなかったですね
      逆に国王に責任があるかのような話にならなくてよかったとすら思いました

      王様がしたのは王女の病気を治すために王冠を使ったということだけです
      それによって封印されていたプロトジコチューが開放されれば
      悪事を働く恐れが高いことも理解していたのだとしても
      プロトジコチューにはっきりとした人格と判断能力ががある以上
      そこで行われる悪事の責任は実行するプロトジコチューにあるのであって
      解放した国王にほとんど責任などないというのが私の考えです

      私としては「悪いことをしたら謝る」というだけではなく
      「誰が本当に悪いのかを考える」ことも教育的には重要だと思いますし
      そういう意味で「王様は悪くない」という結論にしたのだろうと解釈してます

      まあ、責任論とは別に感情的な問題として国王が国民に詫びるというのは当然という意見もあるのはわかりますし
      レジーナの方は、自分の意思で悪事に加担した経緯がありますから、こちらは積極的に謝れよと思いますけどねw

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    8. すみません。自分も少し混ざりたいです。

      >4話
      マナはこの後、更なる理論武装と謙虚めな態度をとることで自己肯定力を強めることになります。
      なので4話での問題点とやらは本人的には解決したのです。

      >王様
      展開上「汝に罪なし」と言わなければならないので、あの展開です。
      謝罪は尺とテーマの都合で省略されていると考えるといいでしょう。
      それでいいと思うのがドキドキプリキュアの製作スタッフということです。
      それでいいと思ってもらうための謎修復現象です。

      >国民
      度重なるジコチューによる攻撃により耐性がついた地球と、
      いきなりキングジコチュー襲撃のトランプ王国を同一視はできまい。

      >ご都合完璧キャラ
      マナが正論を述べ続ける以上、正しいという結論に至ることは問題になりません。
      「家族を失って~」はおかしい。第一に家族は失っていない。それはこれからの話です。
      第二に泣くストレス解消法は現実にもあるので、不可思議でもなんでもありません。
      焦って取り返しがつかなくなるより、気持ちを切り替えた方がいいというのは、割と普通です。

      むしろ、マナ独りで完結する点が「ふたりはプリキュア」精神に反するということが問題。
      最終話の理由なき自力復活こそ、ご都合完璧キャラの根拠に相応しい。
      最後にそのような描写を入れてくるということは、スタッフはマナをご都合完璧キャラと捉えていたということであると思われます。
      もし、「ふたりはプリキュア」精神を重視するのであれば、マナの柔軟かつ無根拠な提案を、六花が理論補強する形が良いと思われます。

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    9. ・匿名様
      >実際、近年に災害が日本で起きていますが、どうだったでしょうか?
      私は別に自分だけ助かろうと逃げた人を非難するつもりはありませんし、仕方ないとも考えています。

      >それに自分の国ですし、私は自分のジコチューに負けて自分の国を壊したなら、恥ずかしくて人を責める気にはなりません(王女も病み上がりで戦ったのですし)
      どこか違和感があると感じていましたが、匿名様は恐らく登場人物の視点から物語を見ていると分かり、疑問が氷解しました。
      確かに私は物語全体を見て解釈していた所があったようです。
      いずれにせよ、誰にでもあるであろう「自分だけは助かりたい気持ち」を自己中と呼び、それに負けて怪物化したから国民にも責任があるとは、私は少々賛同しかねます。
      そもそも自分が生き残りたいと願う、生き物として当然の思いを抱くことは悪でしょうか?


      ・もぐり様
      >更なる理論武装と謙虚めな態度をとることで自己肯定力を強めることになります
      そこが問題です。100%正しい人間なんていないですし、私には押し付けがましさが薄れたようには見えませんでした。
      本人的には解決したのは仰る通りでしょうが、その過程が描かれていない以上、視聴者としては納得しがたいものが残りました。

      >展開上「汝に罪なし」と言わなければならないので、あの展開です。
      この点は人によって相容れない所がありますね。

      国民の件に関しましては意見が合致いたしましたので、私から特に付け加えることはございません。

      >「家族を失って~」はおかしい。第一に家族は失っていない。それはこれからの話です
      そういった恐怖や悲しみから、一瞬で復活するのに違和感を感じました。
      また、仰る通り、独りで完結した点も「支えあい進むプリキュア」としては如何なものかと思いました。

      >最終話の理由なき自力復活こそ、ご都合完璧キャラの根拠に相応しい
      結局、マナにとって仲間の存在意義って何だったの? と思わざるを得ませんでした。

      削除
    10. ぴーすぴ様
      ああ、物語を見る側の視点ですね、どこを子供たちに伝える中心にするか…題材的に時間不足かと
      実際の震災の事を出したのは、実際日本人の場合助けに行ったり、最後まで防災放送したりで、
      日本人的な自己犠牲の精神で亡くなった方がかなりいたという意味です
      たぶんこういう考えは他国には通用しないかなとも思います
      私は外国でドキドキを流す時、どう見られるかな?と興味深いですね

      >自分が生き残りたいと思う気持ち
      もちろん生き物として正常ですし、世界的にはそちらの方が正しいでしょう
      ただ、デメリットもあって、実際海外での災害では物資の奪い合いで暴動が起き、救援隊が近づけないなんてこともありました
      当日の食料を奪い取り生き残って、明日からの食料が届かないというオチです

      ジコチューについては、おそらく封印された時は倒されたのと同じくらいの小さなものだったと思います
      本来はそれと向き合って乗り越えるべきところを封印して、溜まって行き…と感じています
      あれは国民たち自身ではないでしょうか?
      あと、プリキュアもプリキュアだけで戦っているわけではないというのが過去シリーズの流れでしたし、
      国民の心の協力があったら、こちらと同じように倒せていたのでは?とも思います

      >ご都合完璧キャラ
      マナはけっこう抜けがあると思うのですけど…かなり仲間のフォローが入っていますよ
      リーダーとしても、上司がのぞみなら笑って済ませられますが、マナだったら胃をやられそうです

      削除
    11. ぴーすぴ様、返信ありがとうございます。

      >マナはけっこう抜けがあると思うのですけど…かなり仲間のフォローが入っていますよ
      そうなんです。だからマナは優秀なだけなんです。
      ですが、最終話の復活劇のような、マナの特殊さを示す事柄に、
      しっかりとした背景がないからご都合キャラとか言われるんですよ。

      削除
    12. マナに関しては一話から一人じゃ成立できないキャラ描かれていたように思います。
      彼女個人の資質もありますが、それ以上に他人を必要とするまさしく「幸せの王子」なキャラです。
      王子は困っている人がいなければただの銅像です。また困っている人がいてもツバメがいなければ何もできません。
      物事にも自己の都合より他人の都合を優先するんですよね。だから、基本断ることはできない。

      そう考えるとマナは器みたいなキャラで、周囲の人物の行動や行いでものすごく変化するキャラなんだと思いました。
      多分、周囲の支えや優しさ行動が無かったら、本編の「相田マナ」というキャラクターは消えていたと思います。
      最後に取り壊された「幸せの王子」と同じ結末ですね。ここら辺は文化祭回で言われてましたが。
      そうならずに、プロトジコチューの所業に対してあれだけの力を見せることができたのは仲間たちのおかげだと思います。
      つまり「相田マナ」というのは人々の愛や優しさの「結果」として用意されたキャラクターだったのではないでしょうか。
      彼女のようなスーパーガールが存在できることが、人々の愛の象徴だったのだと自分は解釈しています。
      つまり最終回は自己中の象徴と愛の象徴のせめぎ合いだったんじゃないでしょうかね。

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  8. パロテインモードへの変身はダイヤモンド達の応援なり何かでするべきだったと思います、自分1人で危機から脱出しておいて皆が居るとか言ってもすっきりしないです。

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    1. パルテノンモードはみんなの力を受け取って変身してたと思いますが…

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  9. 最終回で面白かったなーって思うところはほぼていおさんと一緒だったのですが、もやっとしたところが少し違ったので書き込みます。こんな意見もあるんだなと思って貰えれば。

    自分のモヤっとしたところ
    ○あっさり復活しちゃうマナ
    マナのキャラ云々の話はおいておいて。
    敵に「一人じゃジコチューできない」と説教し、最後「仲間がいるから頑張れる」と話すエピソードで最大のピンチを一人で簡単に解決しちゃうのは、やっぱりナシでしょう。
    (パルテノンモードのために力を渡すシーンもありましたが、これは仲間との絆の必要性を見せるシーンには役者不足)
    今までの一年があるから見れますけど、ここは純粋にマナのキャラと台詞や話の練り不足だと思いました
    ○アン王女の人格の死と王様
    分裂したとはいえ、アン王女の人格は死にました。自ら死を選んだようにもみえるわりときついやり方です。
    娘を死なせたくないため怪物となった王様の願いは叶わなかった訳です。
    何話もかけて娘との愛や苦悩を描写された王様のひとりの娘を失ったその後のカットが、ただのんびりと人間界で将棋を打つというなんの意味もない呑気なカット。
    王様の話が好きだったからこそがっかりしました。
    ○最後にキュアハートと呼ばれていたこと
    これはモヤっとした事ではないです。
    でも今までの自分の生き様に自信を持っていて、ずーっとキュアハートでなく生徒会長、相田マナよ!と名乗っていたマナです。
    キュアハートと呼ばれてキュアハートです、と返すより最後までマナで貫いて欲しかったなぁと寂しくなりました。

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  10. 最後の最後に物凄くモヤッとしたのはアイちゃん・・
    ハッキリ喋るのは何かとても不気味、語尾が「ちょぴ」チョッピと張り合うんかい!
    色々あった靄の中で此れだけはどうも生理的に受け付けなかった。

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  11. アイちゃんの扱いもよく分かんなかったです
    劇中で存在しないみたいに扱われたり、それで愛って言われてもなぁって気がします。

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  12. せめて何故王政を止めたのかと、国王はどうして政治から身を引く事にしたのかはちゃんと説明をするべきだった。

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    1. 岡田さんが短い言葉で説明していたと思いますが……。
      国を捨てたことは描写されていましたし。

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