2016年12月15日木曜日

コメント欄のススメ

PVの推移を見るに、既に多くの方がお気づきのご様子ですが
今週はいつにも増してコメント欄に読み応えがあります。

まほプリ44話コメント欄リンク

くだんの雑誌インタビューは私は暫く確認しに行ける状況ではないのですが、
アンチウォッチャーさん、ぺち さんが要約してくださった内容を見る限り、
私も四次元殺法コンビAAの王道の格言を思い出すようなものだと思いました。


〝中盤以降になって突然周囲が関わりだしたこの展開は、このプロットによるものでしょうが
結局プロットや設定に縛られたために、登場する人物の気持や心の動き行動がとても不自然で
『動かされている』ように見え、とてもぎこちない話が散見されたように思います。
※ぺちさん のコメントより抜粋。太字・引用者


私が序盤から常々感想で書いて来た
「人物が作者の都合につき合わされているようだ」「人形みたい」
という印象を作り出した原因はやはりこの作り方にあったんだな、と思いました。


私はプロットのチェックをしてもらった編集に
「筋書きありきで作るな」「作者の思い描いた筋書きにキャラクターを付き合わそうとするな」
と言うことを、実践できるまで何度も言い聞かされました。
実際、そのような作り方をしたお話は自分の手ごたえとしても「なんか面白くならないな」
というものになった事をよく覚えています。


それでも描くべき筋書きはありますが、その矛盾を回避するための知恵もあると
私は双葉社の編集から実戦形式で教えてもらいました。


プリパラ・アイカツもまた、商業的・進行的ノルマがかなり多い番組ですが
それを器用にこなしつつ、キャラクターを自由に動かして見せてくれています。

その技術がいかにすごいことか、身を持って知ったからこそ
私は昨日もあんなに大騒ぎしてしまったのだと思います。


「王道が何故面白く、愛されるのか。」
それには確かな理由があるはずです。



王道・鉄則・様式は先人達が試行錯誤の果てに編み出した知恵の結晶であり、
常人が思いつきで超えられるものではないと思います。

四次元殺法コンビAAの格言は、つまりそういうことなのではないでしょうか。

※  ※  ※

「プリキュアはこうでなければいけない!」なんて廃れて久しい原理主義を
今更説くつもりもありませんが、

戦隊にしろライダーにしろ、ヒーロー物には様式美のようなものはあると思います。
去年、田中監督を語るときには「歌舞伎の見得」という言い方をしたことも有りますが、
それはつまり、「何時の時代も子供たちとその親が求めているものは変わらない」
ということだと思うのです。

もうすぐ来年のプリキュアとスタッフが発表になりますが、
子供たちがアンパンマンの次に見る作品はやはり
奇をてらわない「王道」であってほしいな、と願わずに居られません。


・・あれ?おととしも似たようなことを書いた気がする。


※関連:田中裕太概論
http://teioblog.blogspot.jp/2015/11/blog-post_53.html

9 件のコメント:

  1. 村山氏が掲げているコンセプトって、もっと違うタイプの作品(たとえば「おじゃる丸」みたいな?)になら上手くハマるかもしれませんが、
    ぺちさんが指摘されているとおり「ヒーロー物には致命的に噛み合わない」んですよね。

    「戦いに対する使命感もない」「大きな挫折もない」「劇的な成長もない」。
    これでは「正義の味方の誇り」も「ピンチからの大逆転」も「パワーアップしての新必殺技」も盛り上げようがないんじゃないかと。

    昨今のアニメも何も、ヒーロー物の王道はマジンガーZやタイガーマスクの時代から定番でしたし、
    てぃおさんが例に出されているアンパンマンはプリキュアよりもさらに低年齢の幼児に受けていると言われますが、
    「文字通り自分を犠牲にしてでも困っている人を助ける使命感」
    「弱体化したことでボコボコにやられる敗北感」
    「しかし新しいパンで劇的に復活! 大逆転勝利!」 が基本ですよね。

    いっそのこと「今度のプリキュアは戦わないんだ」というところまで思いきれれば、
    それがプリキュアと言えるかどうかは別として一貫したコンセプトの作品になり得たと思います。
    しかしまほプリは強大な力を振るって敵を倒すヒーローであるわけで。
    わざわざ変身時に大人っぽくなる要素まで入れた「憧れのお姉さん」なわけで。
    根本的なところがチグハグだと思わざるを得ません。

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  2. 個人的な意見ですがこれまでと違った路線、奇をてらったチャレンジブルな内容に挑戦する。
    その考え自体は否定しませんし、むしろ素晴らしいものだと思います。
    せっかくプリキュアには確固とした土壌があるのですし
    その上で色々なことに挑戦するのは決して悪いことではありません。
    ただ今年に関しては、「やるのであれば徹底してやれ」としか言えないですね。
    「使命感や努力・成長を極力描かない」ということ自体には賛成も反対もしません。
    面白い話作りにそれらが必ず必要だとも思いません。
    でもそれらをやらないのであればそれにあった話を作らねばならないはずです。
    それこそスマイル並みにギャグに注力したり
    ドラえもんのように明確な本筋のない1話完結のオムニバス集のような形式にしたり
    そういった方式であれば使命感・努力・成長が無くても十分に面白い話が作れるはず。
    なのに今年はなぜか例年のプリキュアのフォーマットに中途半端に乗り
    その上でそれらをただ省いてしまったがゆえに、結局中身がなにも無い
    すっからかんの空虚な物になっているようにしか見えません。
    「努力や成長など、今まで描いてきたものとは別のものを描いた」ではなく
    「いつものプリキュアから努力・成長をただ抜いただけ」以上のものになっていません。
    そのせいで冷静な目で見ていると主役達は
    「みな揃いも揃って事の重大さを理解せず、何も考えないまま遊び呆けるアホの集団」にしか
    少なくとも僕は見えませんでした。
    (汚い言い方で申し訳ありません。ですがこれが自分の正直な気持ちです。)
    言うならいつも食べてるのはこしあんのおまんじゅうだけど
    今回は白あんのおまんじゅうを作ると言っていたので食べてみたら
    実際は中身のない皮だけのおまんじゅうだった。そんな状況だと感じています。
    それ単体で美味くも不味くもないですが、あまりにも味気なさすぎますし
    実際(まだひと月ほど残っていますが)今年振り返って思うのは
    「なんだか味気ないものを延々食べさせられたなぁ」という感想だけです。

    話の作り方にしろ設定の練り込みにしろ
    今年はとにかく「準備不足」の4文字がいたる所に散見される作品でした。
    少し前の三塚さんのインタビューで時間が無かったことに触れられていましたし
    そのせいなのかなとも思いますが、我々視聴者には関係のない話ですし
    商業作品であればなおさら出来上がったものが全て。
    いかなる事情があっても見て完成度が低いと感じた作品は
    いかなる事情を考慮しても完成度そのものは決して変わらず低いままです。
    結局ハピネスチャージの頃と全く同じ轍を踏んだ1年といった感じでしたが
    たった1年挟んだだけで同じ事を繰り返す東映アニメーションにはほとほと呆れ果てます。
    売れる商品以前に楽しい作品を作るという気概がまだ東映アニメーションそのものに残っているのであれば
    今後色々な部分を徹底しちゃんと作って欲しい。僕の気持ちはそれだけです。

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  3. もっと!魔法使えプリキュア!2016年12月15日 22:15

    これまでのインタビュー等を総合してみると、
    子供たちにとってのリアル(だと作者が思うこと)をそのまま作品に持ち込むことで共感を得よう、という
    作風を目指したのかな?と思いました。
    しいて言うなら日常ほのぼの路線ですかね?

    でも企画は「魔法使い(タイトル)」で「ハチャメチャ大混乱(歌詞)」で
    「ワクワクもん(口癖・歌詞」で「探検・冒険(歌詞)」でしょう?
    対比として日常の大切さも説かないとプリキュアになりませんが、
    どうしたってファンタジーやアクションなどの非日常がメインな作風ですよね。
    みらい=視聴者目線で話を進めたかったんじゃないかと。

    つまり企画と制作のノリちぐはぐ、方向性真逆。
    そりゃ現場はハチャメチャ大混乱ですよ。

    かろうじて手を繋ぐ(物理だけど)と、2つの世界が繋がる、はクリアしそうですが
    というのも今後の展開予想ですが、
    魔法界・ナシマホウ界は1つになるでしょう。
    TVの中と現実世界もその2つになぞらえて「繋がる」みたいな話にしたいのかな?と。
    最新インタビューにこうあります。
    「みらいやリコたちが一年間一緒に楽しく過ごした友達」として子供たちの心に残ってくれたらいいな、と。
    でも言いたい。
    作中みらいたちは内輪に目を向けてばかりで、友達はあまり眼中に無かったよね?
    それは視聴者の方も見ていなかったのではないだろうか?と。
    私たち「には」魔法がある!とも言ってました。
    作中「では」主人公たちの不道徳な行いも不問でした。

    子供たちはむしろ作中のキャラと隔絶感を覚えていたのではないか、と思います。
    よって子供向けアニメとしては、失格です。

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  4. もっと!魔法使えプリキュア!2016年12月15日 23:00

    追記です。
    上でRAGさんが触れているように、時間不足は理由になりません。
    東映の伝統なのか前作もそうだったそうで、設定を詰め切れなかった、
    というインタビュー記事が存在します。
    つまり今作の不出来は上層部の任命責任(人選ミス)、人員確保の不備、連携不足
    そして厳しい意見ですが、製作者・スタッフの能力不足です。
    すでに次回作は動き始めていて、その辺は解決されてはいないでしょうが、結果がすべてです。
    面白ければ褒め、観てくれる人が増えますし、ツマラなければ貶され、視聴者が離れます。
    間に合わなければオトせばいいのです。
    それで良いモノが出来れば戻ってきてくれるでしょうし、そうでないなら終わりです。
    それでいいじゃないですか。

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  5. ・毎回戦闘パートを描く必要がある
    ・時々商業的な要求をクリアしなければならない条件がある

    そんな中で、成長物語ではなく日常系ドラマの方向って考えると
    モフデレラ回の感想でも触れましたが
    タイムボカンシリーズみたいな作り方だったら面白かったかもしれませんね。

    何故タイムボカンシリーズを例に出したかというと、現在『タイムボカン24』が放映中で
    これが今までのシリーズのお約束要素を踏襲しながらも
    商業的ノルマを消化しながら、背景ストーリーもほんのちょっぴりだけ匂わせるという
    まさに冒頭のようなノルマをこなしながら、日常系ドラマを描いているからです。

    タイムボカンシリーズは、基本的に話の展開は同じ事の繰り返しでありながら
    各話の要素や、キャラクターの見せ方、展開の広げ方と畳み方、題材の妙があり
    そして、繰り返しから生まれる様式美が作り出される事で
    簡単には飽きさせない作り方により、何作もシリーズ展開をすることが出来ました。

    モフデレラ回のような傑作(怪作?)が作れるのですから
    まほプリでも、お話の基本フォーマットは同じでも
    魔法のワクワクを中心に各キャラクターの魅力を前面に押し出して
    色んな題材からエンターテインメント中心の話を繰り返すことで
    やりたかった事ができたかもしれないのではないかな?
    なんて浅はかな考えを持ってしまいました(苦笑)

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  6. 使命感とは持たせないものではなく使命感に縛られないということが重要だと思います。
    使命感と聞いておそらく真っ先に脳裏に浮かぶのは5のかれんのエピソードだと思いますが、あれがまさにそうです。
    使命感に縛られ使命感を理由にして動くと自分を見失ってしまうからです。
    でもそれは使命感を持たないということではないのです。
    使命感を持つ、責任も果たす。だけどそれが全てにしてはいけないということが重要なのです。
    これは初代でもそうでした。
    周りのことなんて興味がなかった等身大の女子中学生なぎさが戦いを通じて成長してメップルを受け入れ人々をこの力で守る意思を持っていくのですが
    同時に自分たちが中学生であるということも日常も忘れはしないと描いてきたのが初代です。
    いつまでも等身大でいいとか、使命感を持たせないとか、それは極めて偏ったプリキュア観であり
    実際のなぎさたちは等身大であるということと立派なヒーローである点、使命感を持つということと日常を忘れないという点を両立していたのです。

    魔法つかいプリキュアはこれが偏ったプリキュア観を元にして作られてしまっていると思います。
    みらいはどう贔屓目に見ても身内以外のことになんて関心がないし校長らの期待に応えようなんて気もさらさらないし、ヒーローとして相応しいとも思えません。
    序盤から夏まではそれで良くても終盤でもそれが変わらないのは望ましくありません。
    子供を楽しませるということと正しくヒーローであるということは両立しないと意味がないのです。

    返信削除
  7. 図体は大人、精神年齢は子供2016年12月16日 22:01

    うがった見方であることは承知で敢えて書きます。
    今作の制作三幹部さんはゴプリアンチなんでしょうか?
    前作の逆張りはプリキュアではよくあると言われますが、挑戦的というか、挑発的というか。
    開始数話で「魔法で手軽に咲く花」が出てきたり、バトルに力を入れなかったり、
    インタビューでも「夢・希望・使命感を押し出さない」「シリアスな引きをしない」
    そして今回の「これ見よがしの成長描写をしない」です。
    (特定の作品に対する当て付けではない、と思いたいですが)
    39話「はるか復活」は確かに探せば粗はあったでしょうし、やり過ぎの感も否めません。
    でも、柔道の醍醐味が豪快な投げ技での一本、にあるように
    この回はそんなことを吹き飛ばすくらいの感動と爽快感に浸り、子供に戻って楽しめたんですよ。
    もう、人間の持つ本能に刺さるモノなのかもしれません。
    つまり理屈で否定できるモノじゃないと思うんですよ。

    そして彼がしようとしていた「小さな変化」
    実は前作でも既にされています。
    19話「雨の宝探し」
    結論を言ってしまうと「自分の成長(変化)は自覚しにくい」です。
    でもここに至るまでの18話があって初めて説得力のある内容になります。つまり「積み重ね」ですね。
    更にそのままでは地味過ぎるという自覚があったのでしょうか、
    なぞなぞ宝探しやトワイライトが炎の城でパヒュームを手に入れるエピソードを挿入し、
    飽きさせない工夫をしています。
    個人的には堅実な話で良回ではあるものの「冴えないな」、という印象でした。
    有効ポイント3つで判定勝ち、みたいな。

    もう1つ。こちらは「成長」がメインではないのですが、
    45話「クリスマス」
    「ザ・プリンセス」と紹介されて拍手で迎えられるシーン。
    そう認められていることが窺えて(いちいち説明しないところが憎らしい)、
    「あの、つぼみ扱いだったはるかが、他の3人と肩を並べるまでに成長するなんて」と
    いぶきパパのような心境て。感慨に耽る・・・我ながら危ない人ですね。

    良いお手本(だったと思う)がすぐ目の前にあったはずなのです。
    ここから夢や使命感を抜き、代わりに好奇心と探検・冒険と魔法でハチャメチャ大混乱を入れたら、
    面白い作品になったでしょうに。
    なんでこうなった?


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  8. 「でも玩具は売れたでしょ」
    こういうセリフが返ってきそうですし、仕事としては間違っていないかもしれません
    逆にいくら名作を作っても販売実績で判断される部分も強いでしょう
    今作、キャラはカワイイし子供が喜ぶモチーフを色々集め、本来なら悪くはないはずなんです
    原因となっている人の文書はものすごく読みにくいか極端に箇条書きな気がします
    理詰めで考えるとすごく違和感を感じます

    みかんさんのコメントを読んだとたん、なぎさの声が頭で再現されました
    台詞や声に魂がこもっていました
    彼女に特別な使命感や正義感があった訳ではないと思います
    ただ理不尽に対する怒り、大切な人たちへの思いなどを感じました
    それらは心から出た言葉であったと思います、だから私たちにも響いたのでしょう
    様式美やテンプレであっても裏を返せば皆が共感出来るということです
    共感出来ないことは魂に響かないだろうなと思います

    とはいえ後年見直される場合もあるでしょうし、ここまで来たら見届けるだけですね

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  9. battler セバスちゃん2016年12月17日 22:00

    今年の首脳陣はバトル=暴力と捉えていて、
    アクションパートを縮小するには使命感を削ればいい、と短絡的な考えに走ってしまった感があります。
    更に「手を繋ぐ(物理)」にこだわり過ぎて、2人で同じ攻撃、2人で同じやられ方、2人でキメ技と
    ボス戦でさえ変化に乏しい味気ないバトルに終始していた印象でした。
    2人なら力×技とか、攻撃×防御or支援or参謀とか、
    物理が嫌なら魔法使いらしく近距離×遠距離とか、2人の違いの出し方はいくらでもあったのに。
    まほの変身システムなら定番の「2人が揃わず変身できない」展開もありませんでしたし。
    モフルンが拉致されて変身できない→代わりにフェリーチェ登場で3人で変身、にしてよ良かったかもしれない。

    なぜこんな話をしたか、というと
    プリキュアにとってのバトルは、女の子が暴れる意外性もありますが、
    「成長」を描くツールの1つでもある、と思ったからです。
    最初は突然得た力に戸惑ったり、逃げ出した娘も居る。
    仲間が増えても足を引っ張ったり、ケンカもする。
    そうこうしながら絆を深め成長する。
    それを単独技→コンビ技・合体技→新アイテムを手に入れて、強力なキメ技とスキルアップ・ステージアップという成長を
    口ではなく、目に見える形で表現する。そんな役割もあったと思うのです。
    未熟な者同士が力を合わせてやっと1つの大きな力→それぞれが自立して1+1=3みたいに。
    その点まほでは未だに1+1(+1)=1にしかなっていないイメージなのです。

    最後に
    四次元殺法コンビのAAでバージョン違いの名言があったので紹介しておきますね。

    受け手が望んでいるのは「予想を越えられる事」であって、「予想を裏切られる事」ではないぞ。
    予想を外せばいいという訳ではなく、プラス方向に裏切って初めて意味があるのだ。


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※意見交換の際にややこしくなるので、匿名での投稿はご遠慮ください。
なんでもいいからHNを名乗って頂けます様お願いします。

匿名でのコメントは削除致します。

※投稿が反映されるまでには時間がかかることがあります。

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