2017年1月16日月曜日

今作は「子供たちを楽しませたい」がコンセプトなので⇒ぼく「「楽しい」って、何でしょうね。」

※「灰汁」と「出汁」(ほか)を追記しました
インタビューの言葉を見る限りでは、今年の作者の皆様方は
「子供たちに理解できない表現を避けることが子供に最も歩み寄る姿勢なのだ」
と、思い込んでおられるのだと思っていました。

が、それにしては・・・
▲どうも、矛盾を感じるのですよね。

この記事では、その矛盾が生まれた原因について
私なりの考えを書いていきます。



そもそも「子供たちに歩み寄る」とは
分かりにくい表現を避けるのではなく、
分かりやすくなるように知恵を絞ること

だと、個人的には思っています。

分かりにくい表現を避けようというのは、
「無菌室なら子供は安全に育つ」と考えるような浅い考えではないかと。



ただ、疑問は感じつつも
「自分が気づかないだけで、作者には別の作意があるのかもしれない」

と思ってきたので、これまでは
個々の表現に対して不用意に不満を表明することは(これでも)控えてきました。




しかし最終回が近づいた今、そろそろ結論してよさそうなところも見えてきましたね。



■今作でまず私が疑問に感じていることは、

プリキュア定番の○○はやりません!と声高に宣言する一方で、
過去作の表現の定番をところどころで借りている事です。


その半端な創作への姿勢が歪さを生む始まりだったと思います。


その最たる物は「バトル」でしょうか。

戦う理由(ドラマ)を描くことを避けているのに、バトル要素は「定番どおり」入れてしまっているから
熱も感じないし格好よくなりようもありません。

「格好を付けさせるための表現」で、「複雑なアクションのアイディアは見せない」と
決める理由も分かりません。




更に今、
そうしてバトル・ドラマを積極的に描いてこなかったのに、

「最終回近くには巨大な敵が襲い掛かる」という
例年と同じ展開をやっています。


その結果が、この良く分からない説明になっているのではないでしょうか。


いや、そもそも

▲そういうのはやらないのでは
なかったんですかね。


これらは、作者様が言うところの基準での
「子供たちを楽しませられる」表現の範囲に入っているのでしょうか?

私の感覚では、そうとは思えませんが。

それとも最終回近辺は例外、とでもお考えなのでしょうか。




「楽しい日常と華麗なプリキュアを見せる」事にこだわるなら、
こんな形にするのではなく、もっと別のクライマックスの形を
模索すべきだったのではありませんかね。




※  ここからが本題  ※


「今年のコンセプトは子供たちを楽しませること」と記事に書いてありましたが
過去にそれをコンセプトにしなかった作品などひとつもありませんよね。

それに、
「楽しませる」事と「シリアスなドラマを避ける」事はイコールにはならないはずです。


「今年楽しませる」と言ってしまうのは、
「これまではそうじゃなかった」と言うに等しい言葉です。

挑発的だなぁと思ったものでしたが、さて。
発言者の今の自信の程は如何な物なんでしょうね。




※  「楽しい」とは?  ※

これまで歴代の作者達が描いてきていた「プリキュアの楽しさ」とは何だったでしょうか。



それは日常の掛け合いやギャグや、変身後の華やかさだけでは決してなかったはずです。


キャラクター達が時に泣き、恐れ、誰かを想い、「守りたい何かの為に勇気を見せる」、
そんな真っ直ぐで熱い姿


子供はその理屈は分からなくても、「真剣に戦っている姿」には魅かれていた筈。
分からなくてもキャラクターの真剣な姿に引かれて、一生懸命理解しようと努力はするのだ
と、ウチの読者のママさんも言っていました。

それは数多い子供番組の中でも唯一「プリキュア」だけが持てる魅力であり、

だからこそ、シリーズはここまで支持され続けてきたのではないでしょうか。






子供たちがこれまでプリキュアに感じてきた「楽しさ」とは、
笑いも、日常も、華麗な姿も、涙も、怒りも、友情も、真剣なのも、割合の差はあれど、
全部ひっくるめての事なのではないでしょうか。


そこから真面目なドラマを引き算して、「それこそが子供に歩み寄ったことになる」と
考えるのは、私はあまりにも本質を見ていない考え方なのではないか
思わずに居られません。


作者の皆さんが「灰汁だ」と信じて積極的に取り除いてきた物、
それはやはり、「出汁」だったと私は思います。

39 件のコメント:

  1. 「子どもが楽しめているのかどうか」については
    僕は子持ちでもないですし、親戚の子も対象年齢ではありますが見ていないようなので話す機会もなく
    結果として実際の反応がどうかという点については判断できず自分の想像で言うしかないので
    それであれば自分に語る権利はないと思い黙っておりました。
    ですが、実際の反応とは別として「子どもを楽しませる」と言うコンセプトと
    実際に出来上がった物との著しい印象の乖離に関しては、自分も物申させていただきます。
    少々長文になってしまいましたが、自分ももう我慢ができませんのでご容赦いただければと思います。

    先のSDや構成が語ったコンセプトが突き詰められているのであればそれでいいのです。
    それで楽しめないのであればそれは「自分に合わなかった」というだけなので、諦めが付きます。
    ですが今作は見ていて、ていおさんの仰っている通りとても突き詰められているとは感じられないんですよね。
    「使命感を持たせない」と言いながら結局世界を背負って戦わせ
    「敵の話はやらない」と言いながらプリキュアそっちのけの敵側の内輪だけの話を展開し
    「夢を描かない」と言いながら中途半端に夢を描いて最後にそれを放り投げる。
    これまで描いたものをやらないというのであればそれも良いと思う、というかむしろ大賛成です。
    折角しっかりした土壌のあるシリーズですから
    その土壌の上でチャレンジブルに作風を変えていくことも大事だと思います。
    ですが、これまで描いてきたものを排すのであれば
    その開いた穴には別のドラマを充てがわなければならないと思います。
    が、今作はその空いた穴を埋めることなく話を進め、結局その穴で先に進めず立ち往生した段階になって
    今まで歴代で使ってきた材料を利用し見よう見まねのみすぼらしい橋を作って
    それにしがみつきながら見苦しくヨタヨタと前に進んでいる。そういう印象しか受けませんでした。
    引き算をするだけしてそこになにも足し算をしないからなにもなくなってしまっている。
    「0」なんですよね魔法つかいプリキュアは。なにもないんです。
    あるとすれば歴代でやってきたフォーマットの真似事くらい。
    使命感を持たせない、敵の話をやらない
    子どもが楽しめる話にするというのであれば、世界を背負って戦ってる場合なんかじゃありません。
    魔法つかいプリキュアにはもっと戦うべき根底にある問題があると思います。

    さらに言うのであれば、個人的にですがそもそものそのコンセプト・姿勢も僕は納得がいきません。
    「子どもを楽しませる」と言いつつこれまでのシリーズで描いてきた物を取り払うというのは
    ていおさんが仰っているようにそれまでのシリーズに対する挑発であり
    なにより自分たちが向き合っていると思っている子どもたちを誰よりも冒涜していると思います。
    「夢とか使命感とか描いてもさ、どうせ君たち子どもにはわからないでしょ?
     じゃあそういうのは取っ払ってあげるから適当に楽しんで。
     こんな中身スッカスカの雑なのでも君ら子どもはプリキュアが出てれば満足できるでしょ?」
    と、言っているようにしか
    少なくとも作品そのものを見ての印象ではそう言ってるようにしか思えないんですよね。
    それにていおさんの仰っている通り
    「子どもを楽しませる」の意味を完全に履き違えているとも思います。
    「理解できない話だからやらない」というのもあまりにも短絡的すぎると思いますし
    そこは「理解できない」「だから排する」ではなく
    「分からない、まだ理解できない話だからこそわかりやすくしてお出しする」
    それこそが真の意味での「子ども向け」であり、子ども向けアニメの一つの仕事であり魅力なのではないでしょうか。
    それらを放棄し、やるべきことをやらず手を抜いて「子どもを楽しませる」なぞ
    子どもを馬鹿にするにも程があると思います。
    子どもを楽しませると、さも誰よりも子どもを見ていますという姿勢を表明していながら
    その実誰よりも子どもを下に見ているこの姿勢に僕は虫唾が走るほどの嫌悪感を覚えます。
    僕が魔法つかいプリキュアに対して一番不満を覚えるのはそこです。
    作品そのものの出来の良し悪し関係なく
    そういう姿勢で子ども向けアニメを作るというのであれば「もう二度と関わらないでくれ」としか言えません。
    それはあまりにも不誠実であり失礼であり傲慢すぎると思います。

    色々好き勝手言いましたが、もちろん三塚さん村山さんが本気でそう思ってる人だとは思っていません。
    が、僕は制作に携わる人間ではなくあくまで一視聴者であり
    一視聴者は本編と、あと出来て雑誌などのインタビューからしか製作側の人となりや姿勢を想像することしかできません。
    その点で言えばこれが本編を見て抱いた僕の印象に他なりません。
    もう残り話数も2話と差し迫った状況。
    今更どうこう言っても魔法つかいプリキュアそのものが
    凄まじいまでの挽回を決めて素晴らしい作品になって終わるなぞありえませんので諦めの境地ですが
    できることなら、東映アニメーション、そしてその中のプリキュアに携わる方々には
    今回の問題をしっかり自覚し、今後はその反省を活かし素晴らしい作品を作って欲しいと願わずにはいられません。
    それが対象年齢から外れたただのオタクが唯一言えることです。
    お目汚し大変失礼致しました。

    追伸:ですがあのハピネスチャージからたった1年挟んだだけでさらに酷いものをお出ししてきた東アニですから
       果たして本当に反省して活かしてくれるかどうかは不安ですね…。
       とにもかくにも頑張ってくれとしか言いようがありません…。

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  2. 近年のプリキュアは従来のシリーズとは違った物を作りたいという意図を感じます。
    おそらくシリーズの継続の為に、新しい物をと試行錯誤しているのではないでしょうか。
    ハピプリで恋愛要素に触れようとしてみたり、GOプリの映画を三本立てにしたり、
    オールスターズからドリームスターズへの移行、キラプリは肉弾戦をやらないというのもそうです。
    新しく始めようとする物事は失敗するほうが多いものです。
    昨年の映画が三本立てにしたことで尺が足りなくなって、今一つな出来になっていましたが、
    今作の映画は二本立てに抑え、本編に差し障りのないよう同時上映は短編にして、素晴らしい出来になっていました。
    そのことから失敗したと思われる要素は反省し、次以降に活かしてくれると私は信じています。
    ていおさんや皆さんのおっしゃる通り、失敗だった部分は大きいと思いますが、シリーズが続く限り応援していきたいです。

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  3. プリキュアは慈善事業でやっているのではありません。前提として売れなければ話にならず、採算が取れなかったアニメがシリーズ物として成り立たなくなった例は多々あります。
    プリンセスプリキュアが玩具歴代最低売上だったことを考えれば、そこから多少は回復させた上に映画は前売り券の段階で前年比400%強という結果を残した魔法つかいプリキュアは、ていおさんの印象はともかく少なくとも”子供向け番組としては”一定の成功を収めたと評価してもいいのではないでしょうか?少なくとも数字の上ではGOプリより成果が出ているのですから。

    あと私が知る限り今作は「プリキュアに巨大な使命を背負わせない」「プリキュアたちは自分達の日常を守るために戦う」というスタンスだったと思うのですが。敵側の掘り下げをしないという内容だって、梅プロ作品と比較して述べていたと思います。敵とプリキュアが和解する展開は限界が来るからあくまで敵は敵として描こうと話していたように思います。
    プリキュア定番の~というのは多分フレッシュ以降の話で、インタビューを見る限り魔法というモチーフを除けば初代への原点回帰を狙ったものだと思いますけどね。

    真面目なドラマといいますが、近作の「日常」は子供にも受け入れられやすいものではないかと思いますが。
    無意味にハードな展開にしてもそれが子供に共感できるもの、もしくはそれを吹き飛ばして有り余るカタルシスが得られるものでなければ話になりません。GOプリの売上低下はそれをしっかり物語っているように感じますし、だからこそ今作のようなシリアスを減らして日常に多く比重を置くという路線にシフトしたのでしょう。

    それと過去に「子供達の意見の前では自分の意見は無意味」というようなことを仰られていたかと思いますが、そういう割には今回の記事でていおさんは子供の意見を憶測で述べられていますよね。
    しかし数字の上では確実にGOプリよりまほプリのほうが子供受けがいいんです。

    玩具と言うものは子供だけで買うことはできません。その親が価値を感じなければ玩具の売り上げにはなりません。映画の前売り券も同様です。
    つまりまほプリはGOプリよりも親子で受け入れた層が多いということになるでしょう。

    売り上げ厨みたいな発言になりましたがが、少なくともていおさんの後半の主張に関してはあまり受け入れられません。なぜGOプリを作った東アニがまほプリ路線を選択したのか考えたほうがいいのではないでしょうか?
    内容についての個人の印象にどうこう言うつもりは無いですが、少なくとも前作より子供の心を捉えたであろうこの作品が子供を舐めて作られたという事はないと思います。

    駄文失礼しました。

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    1. はじめまして。
      玩具売上を中心に実際の子どもたちにはウケているという論調でお話されていると見受けられますが
      売上でなく視聴率の面で言えば、まほプリが歴代ワーストになってしまっている点についてはどのようにお考えですか?

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    2. 横から失礼します
      鷹寅さまはゴープリがまほプリより子供ウケが良いと売り上げから考えられているようですが私はそうは思えないです
      なぜなら売り上げはアニメの質や子供ウケだけでは伸ばせないからです
      アニメの面白さ+ライバル作が無いかや景気や玩具の出来でも左右されますから
      あと売り込むためのセールスが出来たかとか宣伝にお金がかけられたか等々
      私には想像できない色んな要因があって水のように変わります
      で、まほプリが売り上げを微増させたにも関わらず素直に私が喜べないのは視聴率が良くないから…
      アニメがウケたかどうか一番参考にされるのはkids視聴率だと思っています
      まほプリのスタッフもゴープリの視聴率について発言していますから
      アニメが成功だったかはどれだけの子供の目に写ったかが玩具の宣伝では重要なのではないかなぁと
      極端な話アニメがなくても玩具が売れるならアニメを作る意味が…ってなってくると思うので
      そしてなぜドキ・ハピ・まほよりkids視聴率の平均値が高かったゴープリがアパレルなどの売り上げを伸ばせなかったのかいうのアナ雪&妖怪が女児人気ピークの年に当たったからかなぁと思っています
      バンダイの人気キャラ調べでプリキュアがトップ3からあぶれたんですよね
      正直どのプリキュアが放送されようと売り上げを伸ばすのは厳しかったんじゃないかと私は思っています

      鷹寅さまがおっしゃる通りまほプリのほうがゴープリより商業として成功するかもしれませんがそれがアニメが面白かったからだとは断言できないです
      もしアニメとして成功したと東アニが判断すれば制作に関わったスタッフをまた起用するとおもいます
      それがわかるのは来年辺りかな…

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    3. >鷹寅さま
      >RAGさま
      >たまこさま
      すみません、返信ボタンを間違えてしまい、↓ 下方へ横レスを返してしまいまして;
      興味がございましたら、お目通し下さいませ。
      ……大した事は書いてない上に憶測ですが;

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    4. このコメントは投稿者によって削除されました。

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    5. 通りすがり2017年1月17日 20:58

      鷹寅さま

      プリンセスプリキュアの売上は65億くらいで、SSよりは上だったかと。
      いろいろお調べになっているようで、間違えられてると言うことではないと思いますので、もしよろしければ出典をお知らせいただけますか?

      削除
    6. はじめまして
      映画と玩具の売上は、モフルンの商品力などが要因と考えます。
      売上と作風を直接相関ありとみなして、今作と同等の作風を続ければ売れると評価するのは、評価解析のプロのやり方ではありません。

      削除
  4. >鷹寅さま
    >RAGさま
    >たまこさま
    初めまして、シケバロと申します。
    実は私も、魔法つかいプリキュアの視聴率に対する売上の高さは、不思議だと思っておりました。
    今年のモフルンなどは、女児向け玩具では群を抜いてのトップセールスだったとの事で、
    喜ばしいと思うと同時に、やはり不思議だと思っておりました。

    4週間ほど前に、まほプリの作品構成と、GOプリの作品構成を比較して、
    GOプリはビルディングス・ロマンでありストーリードラマ、まほプリはレギュラードラマ、
    という様な感じの記事を投稿させて頂きまして。
    ストーリードラマは、キャラクターが様々な試練を乗り越えて成長する、連続性の強いストーリー作品であり
    (ガンダムや指輪物語、ハリーポッター等)、
    レギュラードラマは、キャラクターの成長に主眼を置かず、変わる事の無い日常の良さを描くユーモア系の作品
    (水戸黄門や寅さん、タイムボカンシリーズ等)
    という様な感じで、GOプリとまほプリの違いを考えておりました。

    そして上記の点を踏まえ、改めて視聴率と売上の関係を絡めて考えてみたのですが。
    まあ憶測なので正しく無いかも知れませんが、
    最近のお子さんと親御さんは、ひょっとしたら毎週きちんと同じ時間に
    同じアニメを観る事はない、という事ではないでしょうか。

    なにかと忙しい昨今、日曜日くらいでないと、お父さんは家族サービス出来ないという様な理由から、
    日曜日は朝からちょくちょく出掛ける為、日曜朝に同じ番組をきちんと観る事はあまりないのかも、
    という感じです。

    そしてそのような状況を予想し、踏まえた上で魔法つかいプリキュアは、
    一話や二話、話を見落としても問題にならないレギュラードラマを選択したのではないかと。

    これならば視聴率が低い理由とつながる上に(ちょくちょく出かける等で)、
    レギュラードラマ故に、三週間に一回だけ見ても面白い魔法つかいプリキュア、
    という事になり、ならば面白いアニメのオモチャを買おう!となっても不思議ではない、
    ……のかもと思った次第です。

    GOプリの様なストーリードラマの場合、複数話見落としてしまうと、
    連続性の強さと複線等の配置から、展開を追う事が難しくなってしまうわけで。
    そう考えると、積み上げや伏線等を行わず、最終回近辺で一気に語り、
    畳むという方法は、レギュラードラマをドラマチックに畳む方法としては、
    有効な手段なのかもという気もしてきます。

    そんなわけで、景気状況やお子さんを持つ親御さんの
    ライフスタイルも含めて考える(あくまで憶測)と、
    こういったあたりに、視聴率と売上の関係は落ち着くのではと、
    そんな事を考えました。

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    1. シケバロさま初めまして
      いえ 大したこと書いてないだなんてとんでもないです
      大変読みごたえがありました

      まほプリは見逃しても楽しめるアニメ…確かにそうですね
      そういう気軽さもまほプリの良さというか子供や親にとって良い方向に働いたというのは有り得る気がします

      モフルンの人気や売り上げが回復したことは私も純粋に嬉しいです
      それだけまほプリに魅力があったと言えますしね
      まほプリがウケた要素を上手く今後のシリーズにいかしてプリキュアの再起を図って欲しいなと思います

      削除
    2. シケバロさま、はじめまして。
      大変読み応えのあるコメントで感心しながら読ませていただきました。
      それでふと思ったのですが
      この間NHKの調査で「子どもたちのテレビ視聴率が下がっていること」
      それと反比例して「ネットの動画サイトの視聴率が上がってきていること」が発表されました。
      それと合わせてシケバロ様のコメントを読ませていただくとさらに納得する次第です。
      動画サイト、特に最近流行りのyoutuberの動画などは
      基本的に一貫性があるものでなく、自分の好きなタイミングで好きなものを見ても楽しめるもの。
      シケバロさまのお話に出てきたレギュラードラマに個人的には近いかなと思いますし
      そういう背景もあって今の時代はそれこそ
      「話の連続性より自分の好きなタイミングで好きに見れるもの」が望まれているのかもしれません。
      そう考えるのならまほプリの視聴率の低さ、玩具売上の高さの不思議も納得いく気がいたします。

      削除
    3. >たまこさま
      >RAGさま
      上記にて、駄文長文失礼致しました。
      あくまで私個人の憶測でして、根拠は薄いのですが;
      しかも個人的には、プリキュアはレギュラードラマには向かないのでは……、
      という様な投稿を、四週間か五週間ほど前にさせて頂いてたんですね;
      レギュラードラマに向かないと思った根拠としては、まあどうしても一年で終わってしまう事、
      そして3歳~6歳くらいの視聴者的に、変わらない物事の大切さに言及するような、
      レギュラードラマの性質は成長期のお子さんには向いていないのでは、
      という思いからだったんですが、
      しかし鷹寅さまの視点で考え直してみると、
      魔法つかいプリキュアは番組として成功しているわけで、
      今回は改めて、レギュラードラマとして成功していた、
      という視点から考え直してみた次第です><

      しかしRAGさまが例に挙げられた、動画サイトの視聴スタイルなどを考えると、
      これはアニメに留まらず、色々な種類の番組に影響しそうな気がしました。

      削除
    4. シバケロさま。はじめまして。

      視聴スタイルの話が出ていたので、先日娘の幼稚園で児童発達心理学の先生がお話されていた事を思い出しました。
      曰く「最近Youtubeの視聴が増えてきて、30分のアニメの筋を追えない子供が増えてきている」との事です。
      だから、その分は絵本の読み聞かせを…という趣旨でしたが。
      こどもたちのごっこ遊びをみていても、変身シーンを真似ているばかりで、特に筋は無いようです。
      今再放送しているハートキャッチのごっこ遊びでは、30分の内容をそのまんま寸劇のようにごっこ遊びしてますが…。

      家事をしながら、音声のみを聞いている状態でもなんとなく話がわかるまほプリ、周囲の親御さんには好評です(苦笑)

      削除
    5. はじめまして。
      かつて、大御所のアニメ監督が、「アニメは視聴者を画面の前に拘束する【芝居】であり、マンガと同じ考えではいけない」みたいな発言をされていました。しかし今では手のひらでいつでもどこでも見たい部分だけ視聴でき、画面をタップすればキャラのプロフィールを確認できる、という具合に、その原則すら揺るがしかねないほど環境が変わっていることに関係者は気づかなければならないでしょう。
      とはいえ、アニメ作品が【芝居】という視点で評価できなくなるのだとすれば、それはアニメではなくもはや別のカテゴリの映像コンテンツではないかと思うのです。

      削除
  5. 数字の話をされている方がいるのでせっかくなのでお話させてもらいます
    ゴープリとまほプリで売り上げを比較に上げる方は多いですがかなり見当違いな見方をされてると思いますね

    まほプリで売れているとされているのはモフルンとスマホンですね
    実際モフルンは売れていたようですがいずれも春先のアイテムです
    では今はどうでしょうか?
    フラワーエコーワンドは売れていますか?キャリッジは売れていますか?売れていませんね
    最初は景気が良かった。しかし次第にその杜撰な作りから信用を失い数字を出せなくなった
    ということに他ならないのでは?
    秋の数字は停滞するからと言い訳する方もいるでしょうが、そんな方に不評な去年の城でさえトイネス女児向けランキングで1位をとっているのです
    しかしキャリッジは最初からずっとぼろ負けです

    また情報誌ではハピネスチャージのダウントレンドを引きずって前半苦戦したもののバイオリンの登場から息を吹き返したとあります
    前年の影響は強く反映されるということは火を見るより明らかですから単純に数字を比較して優れている劣っていると比べられるものではないでしょう
    まほプリはゴープリのダウントレンドを引きずって前半苦戦したから対等な条件であると示す根拠はどこにもありませんね

    視聴率に関しても年々下がり続けるものという認識がありますが
    今年は出だしから苦戦を強いられた去年と違って1話~4話の視聴率は高く出ていましたね
    しかし6話以降急速に落ち込み歴代の夏枯れ時期や年末年始の数字がシリーズごとに並んでいた歴代ワースト視聴率をほとんどをまほプリ一色に塗り替える事態になっています
    年々下がるものならばなぜ序盤は去年より高い数字が出て、それがなぜ去年と比較しても異常とも言える急落をしてしまったのか
    この矛盾を疑問に思わないのでしょうか?

    映画の数字に関しても昨年は実験的な面が極めて強いことは映画を実際に見るまでもなく明らかでファンでも二の足を踏むレベルです
    それに比べてまほプリは人気のモフルン一点に絞ったガチの映画を出してきました
    映画自体の出来や企画、人気の良し悪しを語るならまだしも
    この条件でゴープリは不人気だったから映画の数字が低い。まほプリは人気だから数字が高いというのは無理があると思いますし
    百歩譲ってもまほプリ映画はモフルンが人気だからであると言えてもみらいたちプリキュアが人気である証拠にはなり得ないでしょう

    みらいたちプリキュアに人気がない。それが視聴率の急落や後半玩具の不調の原因ではありませんか?
    実際の放送もモフルンにはほとんど出番がありませんから一番人気のモフルン目当てで見ようと思ったら酷くガッカリするでしょうね
    そういうことだと思います

    結局、何が言いたいかというとまほプリは様々なお膳立てで最高のスタートを切ったもののその全てを台無しにし
    最悪のバトンタッチをキラプリにしようとしているということです
    どんなに総合的な数字を上向けていても右肩下がりに終わり翌年の存続が脅かされるような物作りではシリーズの寿命を縮めるだけですよ

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  6. たまこさんも指摘されている通り、作品に関わったスタッフのその後の扱いは参考になりそうです。
    あくまで状況証拠からの憶測にすぎない話ではありますが、W田中氏や「レフィ」の宮本氏などがその後重用されている事実をみると、
    GOプリが内部的に失敗作として評価されているとは考えにくいですね。

    鷹寅さんの仰る通り、アニメは慈善事業や道楽ではありません。ある種冷徹なビジネスです。
    爆死作品の戦犯をすぐに重用するほど甘い世界ではないでしょう
    (すでに多くの実績を上げているベテランスタッフなら話は別かもしれませんが)。

    売上が落ち込んでいる所からスタートすれば、絶対的な売り上げの総額が振るわないのは当然です。
    しかし落ち込みからのV字回復を成し遂げれば、それは次回作にも繋がる商業的成功として評価されるでしょう。
    そういうことではないかと思います。

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  7. アンチウォッチャー2017年1月16日 21:54

    今作は村山氏が映画オールスターズの脚本を手掛けていたことの弊害がモロに出た感じですね。
    それはプリキュアを観る子供たちは「無条件で」みらい達に感情移入してくれるだろう、という勘違い(驕り)です。
    確かに共感してくれれば、楽しい思いだけしたい、叱られたくない、辛い思いはしたくない、
    使命なんか背負いたくない、恐い敵とガチでは戦いたくない、でも魔法を使ったり変身はしたい、
    夢や希望は持っていても努力が必要だなんて思っていない、成長の自覚なんて無いかもしれません。
    でも順序が逆なんですよ。
    みらい達が喜んだり、つまづいたり、頑張ったり、ケンカしたり、謝ったりするのを観て
    共感したり、憧れたり、応援したり、真似たりする。
    登場人物は物語の中で努力することを魅せることで、まず「視聴者に好かれる努力」をするんだと思う。

    思うに、みらい達は作者本人と同化したままなのではないでしょうか?
    作者が支配し、手放さないまま過保護に甘やかしているような作風に思えます。
    作中はまだ知らないはずの、先を知っているかのような言動をする。
    操り人形のようにムダなく筋書きをなぞる。
    これでは親が映り込んでる「はじめてのお使い」を観るようなものです。

    誰の言葉だったか忘れました(プリキュア演出家です)が、
    「演出家は物語の最終責任者だからエンドロールの最後に名前がクレジットされるんだ」と言われたそうです。
    これを適用するなら、三塚氏もブレーキをかけなかったのでしょうから同罪です。
    それともみらリコのように「違い」を維持出来ず、引きずられて同化してしまったのでしょうか?

    ふと前作の15話「アロマ執事回」を思い出しました。
    ご主人様(子供たち)を思っているつもりで、実は自分がやりたいようにしていたのではないでしょうか?
    内藤Pも含めた3人は修行を積んで一からやり直してはどうでしょう?

    返信削除
  8. どうも、自分のブログでまとめている数字(視聴率、子供アンケート、NHK視聴率、トイネスランキングなど)をもとにした数字的議論が繰り広げられているようで嬉しい限りなのですけど(客観データがあると議論盛り上がりますよね)

    (おそらくていお先生が議論したい事は、そういった数字的側面ではないこととも思いますが・・)


    まずは大前提として、

    (自分が不勉強で申し訳ないのですが)

    「子供たちに理解できない表現を避けることが子供に最も歩み寄る姿勢」

    「プリキュア定番の○○はやりません!と声高に宣言」

    「今年のコンセプト「は」子供たちを楽しませること」

    というのは、「いつ」「誰の」「何処での」発言なのでしょうか?

    別に批判する意図はなく、純粋に知らないのです。
    自分もアニメージュや、フェブり、特別増刊号のインタビューは一応目を通しているつもりですが、
    最近、インタビュー記事など読む熱が薄れていて、漏れがあるのかもしれません。


    不勉強で申し訳ないのですけど、そのあたりがはっきりしないとこれに関しては何も言えないのです。
    (言いたいことは沢山あるのですけどね・・)

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    1. おそらく8月だったと思いますがその時に発売されたアニメージュの村山さんのインタビューにて
      「子どもたちは挫折を知らないから夢や希望をあまりうたわない」こと
      「『子どもたちを楽しませる』が大きなコンセプトである」ことが言及されていますね。
      その前のインタビューでも何かしらの発言があったと思いますがこちらでは見つけられませんでした。

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    2. 私もあまり詳しくはありませんがアニメージュの9月号に村山功さんのインタビュー記事がのっているみたいです

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    3. RAG様、たまこ様

      村山さんのインタビューはこれですよね。

      アニメージュ9月号および増刊号のp72に

      引用開始

      観てくれる子たちが、とにかく楽しめる「プリキュア」にしたいと考えました。たとえば、今回はあまり夢とか希望をうたわないとか。「プリキュア」を楽しんでくれる小さな子たちは特にですが、夢や希望のかたまりです。なんなら七夕の短冊にも「プリキュアになりたい」とステキな夢をきてるし(笑)。
      挫折を知らない子がほとんどで、夢や希望がかなわないということが、まず理解できないのではないかと。それよりも友達と笑顔で一緒にいたいだとか、子どもたちに身近な事をテーマにしています。

      引用終わり

      というのはもちろん把握しています。

      しかしそれが個人的には

      「子供たちに理解できない表現を避けることが子供に最も歩み寄る姿勢」には繋がらないような気がするのですよね。

      他にも何かあるのかな?
      引き続き自分も探していきます。情報有難うございました。

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    4. 横から失礼します。
      村山氏の発言は、過去に映画に携わった時のコメントと三塚氏の発言が、ごっちゃになって、2ちゃんねるのアンチスレにまとめて載っかってるのが実情かもしれません。多少盛られた部分もあるでしょう。
      とはいえ、確かにさもありなんとした出来には見えますので、元からそういう考えなんだろ、と。

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    5. 引用されているインタビューの内容をどのように理解するか、ということでしょうね。
      私は(そしておそらくてぃおさんも?)次のように理解しました。

      「観てくれる子たちが、とにかく楽しめる「プリキュア」にしたいと考えました。」

      それを実現するために、

      「今回はあまり夢とか希望をうたわない」(=夢や希望を強調する表現は避ける。)

      なぜなら、

      「挫折を知らない子がほとんどで、夢や希望がかなわないということが、まず理解できないのではないかと。」(=子供たちには挫折を乗り越えて夢や希望を追い求めるような表現は理解できないであろうから。)

      子供を楽しませるために理解できないであろう表現を避けるという行為を“歩み寄り”と呼ぶのも自然なので、この一文にはまさに「子供たちに理解できない表現を避けることが子供に最も歩み寄る姿勢」であるという作者の考えが現れていると思います。

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    6. 4歳の娘がいます。
      上記のインタビュー引用を読み、
      「どうせ子供には理解できないから、浅く薄い内容にした」
      と解釈しました。
      確かに、子供はそれなりに楽しむでしょう。
      でもそれじゃ、何も心に響かないと思います。
      子供って、大人が思う以上に色々な事を分かっているし、感じ取ることができるのに、、、って思います。

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  9. サジタリアス船長2017年1月17日 10:36

    今更ですが、ちょっとだけ。

    前作を足し過ぎと感じるか、今作を引き過ぎと感じるか。
    正にノリチグハグ、性格真逆で面白いですね。

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  10. 僕は(ていお氏もそうだと思いますが)普段インタビュー記事は探してまで見ません。
    ただ今作は不可解な描写が多すぎて物語をどう捉えていいか分からなかったのでインタビューに答えを求めたところがあります。

    過去作では主人公が何故プリキュアに選ばれ、何をするべきか、説明があったのに今作にはそれが無い。
    なのにみらいはその上魔法まで手に入れているのに、疑問も戸惑いもなく使いこなす。
    (突然目の前に「ギフト」が出現して、不審に思わない人はいないと思います。ましてや中身を開けて使わないでしょう?)
    一方のリコは、ナシマホウ界に来た理由がもう一人の主人公に相応しいとは思えないゲスさ。
    しかもよく分からない内に「お咎め無し」にされる。
    「一味違うぞ」ならぬ「何かがおかしい」世界観に戸惑うヒマもなく進んでいく物語と積み重なる非常識な描写。
    このままじや脱落しそうだ、という時にインタビューに触れ、思ったのは
    「やっと腑に落ちた」と「でも納得いかない」でした。

    ぶっちゃけインタビューも作品も真意を曲解している可能性は大いにあります。
    でも作者はその覚悟はしていなければいけない、と思いますし、していると思います。
    こちらも気を付けてはいますが、人間ですから色眼鏡を掛けてしまったり、大人ですから穿った目で見てしまうこともあります。
    みらいの中の人の発言は素直に読めば「新境地に至って吹っ切れました」ですが、
    裏読みすれば「まだ迷いがありますが、開き直るしかありません」で、
    48話の演技を聞く限り、とうとう掴み切れなかったようですし。

    正直インタビューではナニ言っててもいいですよ。
    例え「オレは生活があるからこんな仕事をしてるけど、子供の為に作ってるわけじゃない」と言っても
    作品が素晴らしければ、「照れ隠し」とか「天才には性格がアレな人が多いから」と好意的になれます。(多分)
    逆に作品が良くない(と僕は思っている)と、どんなに格好いいことを言っても
    「四次元殺法コンビのAA」扱いになっても仕方ないと思います。

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  11. 相対性論者2017年1月18日 21:59

    良い作家は時間を操る魔法を使えるんじゃなかろうか?
    (別のところでていお氏も絶賛しているブリパラもそうなんですよね?)
    「楽しい作品」は観る者の体感時間を早めて、30分があっという間に過ぎてしまう。
    なのに情報量はみっちり詰まっていて、すんなり頭に入る。胸に沁みる。心に刺さる。
    (大人になっても覚えていたり、思い出したりする)
    小さい子供も釘付けにしてしまう。
    何度も繰り返し観たくなる。
    そして1年後「もう終わってしまうのか」と寂しさを覚える。

    その点、今作の魔法使いたちは主人公たちと同様未熟に感じます。
    時間が(劇中の「間」も)長く感じられる。集中力が途切れ現実に返る時がある。
    唐突な展開に付いていけなかったり、思考が停止・混乱する。内容が頭に入ってこない。
    1年間、この作品で何が伝えたかったのか分からない。
    描写や表現の解釈に苦慮するが見返したいと思わない。
    ムゴい言い方ですが、早く終わって、早く次の作品を観たい。

    でも1つだけこの作品から学びました。(彼女らが体現できていなかったので作品の評価は変わりませんが)
    それは「違いを認める」ことです。
    僕は今作をプリキュアシリーズ中(いや今まで観たアニメでも)最低の作品だと思っていますが、
    それを他の人には押し付けまい、と。
    逆に評価している人もいる。その意見は尊重しなければいけない、と。

    自戒を込めて・・・

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  12. “灰汁”“だし”そして“甘口カレー”
    お子様カレーの中に酷く不味い物が在りますが、カレーはスパイスを混ぜて作るわけですが、出汁になるスパイスの中に辛い物が在ります、辛いからとそれを抜いてしまうと味も素っ気も無い物が出来ます。本来はヨーグルト等で和らげます。
    これ、子供には理解できない表現だからしない。ではなく子供にも理解できる表現をする。と同じ根を持ってる気がする。

    準備不足、時間切れといった話を聞くが、これはそれ以前の事だと思うが‥‥
    ※言葉使い 眷属とか混沌なんて難しい言葉を使っう。まほプリの中では何をもって魔法と言うのかが説明出来てない、結果闇やムホー、伝説の区別がつかない。
    ※表現力 魔法の絵解きができない。(一例上げると魔法で花は咲くのに何故蜜柑は生らないのか) 持ち物とかに個性が出せない、箒はみんな一緒だし(一応校長は別物らしい)、朝比奈家の車にはワクワクできない。
    ※コミュニケーション スタッフ同士の話、キャラに対する共通認識が無いのか「このキャラこんなこと言う性格だったっけ?」という事が多すぎる。
    このあたりの事って仕事が来たら最初にしたり、普段から考えておいたりする事だと思うのだが?

    ソースがはっきりしないので誰がとは言わないが、「ちょっと待った」みたいな事は誰も言い出さなかった様だ。

    挫折を知らない夢や希望のかたまりの小さい子とは何歳ぐらいなんだろう。
    短冊『プリキュアになれますように』
    悪ガキ「プリキュアぁ?ムリムリ(笑)おまえがプリキュアになんかなれる訳ないだろー」
    強烈な絶望を味わったあの女の子はもう小さい子ではなかったらしい。

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    1. >挫折を知らない夢や希望のかたまりの小さい子とは何歳ぐらいなんだろう。

      前作で「夢と絶望」の描写にこだわり過ぎたことに対して言った言葉であるなら、
      「本格的に夢を追って努力し始める時期」
      ボーダーラインはたぶん中学生から高校生の間ぐらいにあると予想してます。

      でも、
      >強烈な絶望を味わったあの女の子はもう小さい子ではなかったらしい。

      言われてみれば、
      人によっては小学生以下の時にはすでに小さな絶望はいくつか味わってるんですよね…
      そうなると「理解できない」という言葉がなんか浅く感じられてしまいますね。
      今思うと、少し偏見の混じった言葉だったんじゃないかとさえ思えてきます。

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    2. 当ブログのコメント欄でママさんが
      「挫折を知らないなんてとんでもない、子供たちは毎日挫折の連続です」
      と言っていた事が印象的でよく覚えています。

      なるほど、そういえば自分も子供の頃は上手くいかないことばかりで泣いてばかりでした。

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    3. まさにその通りで、小さい子にとっては毎日が挫折の連続なんですよね。
      大きないじめっ子に遊び場や玩具をとられちゃった、とか。
      だからこそ、強大な悪をやっつけるスーパーヒーローに喝采を送り、憧れるわけで。

      七夕の短冊に「プリキュアになりたい」と願いを書くのは、“実際には変身できない”からですよね。
      プリキュアという存在自体が、挫折を知っている子供たちの夢や希望のかたまりなのに、
      そこを引き算するというのは香辛料抜きのカレーとか、卵抜きのオムレツを作ろうと努力するようなものだと思います。
      「辛口が好きな人もいれば甘口が好きな人もいる。個性バラバラだね。」というレベルの話ではない。
      それを引き算したら料理として成立しないんじゃないの? ということです。

      プリパラのガァルルなんて実によく子供に向き合って作られたキャラですよね。
      お姉さんやお兄さんがいる子にはあの感覚は非常によくわかるはずです。
      一緒に遊んでも自分だけが上手く出来ない。自分だけが味噌っかす。
      挫折と劣等感のかたまり。
      だからこそ劇的に成長して大勝利するカタルシスがあるのだし、
      幼児たちにはガァルマゲドンが一番人気らしい、という話も納得できるのです。

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  13. 設定・演出・脚本以前に、スタッフに作品愛があるかという根本的問題かなぁと。
    山本まさゆきの歌みたいに「描きたくないものを描いてはいませんか」と。
    シリーズ物末期の宿命かもしれません。

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    1. >スタッフに作品愛があるかという根本的問題かなぁと。

      流石にその言葉にはちょっとフォローしたくなったので失礼します。

      個人的な見立てなのでご理解いただけるかは分かりませんが、私は「愛情が無い」とまでは感じないのです。

      ただし、どんな仕事も同じですが「仕事に感情を込め、伝えるにも技術が必要」なんです。
      例えば板岡さんの仕事を見てるとそう感じませんか。

      今年の作者さんも懸命にやっている、と私は感じています。

      それが設計思想の好みや仕上がりの品質に対する評価に関わる事も無いのですが。

      監督自身が「断ったけど他に監督のなり手が居ないので引き受けた」と言っちゃってるので
      作品に対する意欲や感情自体もこれまでの監督と比べてしまうと弱いのかもしれないですけどね。


      ・・うん・・全然フォローになってないな・・

      削除
    2. 作品愛がないというのは言い過ぎでした。が、制作チーム全体としてみた場合、そう評価されても仕方ないレベルの印象です。
      もちろん板岡さんの画はそれ1枚から作品世界やキャラの心理を感じ取れるくらいすごいと思ってます。ただ本作は総じて、スタッフの才能や熱意を生かせるチーム体制だったのか疑問に残ります。
      画面から発せられるスタッフの熱量みたいなものは、むしろ子供のほうが敏感に感じ取ると思います。だからこそ、作品世界の確立やキャラに命を吹き込むことをもっとしっかりやって欲しかったです。主人公チームよりまゆかなのキャラのほうが自然に思えるのはなぜでしょう。
      それからもう一つ訂正。シリーズ物末期→長期シリーズとします。

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  14. 熱は感じないですよね。
    前作がそれぞれの立場で惜しみなく力を出し一丸となっていたのを感じたのと比べると、どうしても、ね?

    作品というかキャラに対する愛が歪んでいる気はします。
    名前に反して「刹那」的な言動の目立ったみらい。
    過去において一緒に遊び呆けていた友達が、将来のことで悩んでいるのに
    「今日を一所懸命がんばろう」ではなく、「明日も一緒」といってしまう無神経さ。
    「躊躇・ためらう」の意味を持つ「十六夜」を名に持ち、みらいに引っ張ってもらうばかりで、
    ナシマホウ界に来た理由があまりにも「利己」的だったリコ。
    前半はネグレクトにもめげず健気にマスコット役をこなしていたのに、
    変身できるようになると途端に説得力に欠ける「言葉責め」を繰り出すことは。
    プリキュアとしても主人公としても、何より人間的に魅力を感じないんですよね。
    「可愛いから許される」なんてことはなく、むしろ内面がヒド過ぎて笑顔にも胡散臭さを感じます。

    敵は予定通りとは言え、数が多いだけの烏合の衆。

    校長は有能なのか無能なのか判断つきませんし、
    教頭は厳格なのか甘っちょろいのかよく分からない
    (バレ禁止の釘を刺しに来て、魔法で帰ったのはギャグだったのか、未だに判断がつきません)し、
    リアンも水晶も思わせぶりなだけ。
    モブは毒にも薬にもならない文字通りのモブキャラ。

    そして、かな・クシー・ヤモーといった「根が真面目タイプ」の扱いが不遇過ぎて報われないのは、
    とても不快に感じました。

    あれ?誰か忘れてるな。
    あ、モフルンは前半は唯一の良心を担っていたように思うのですが、
    思った以上に売り上げが伸び、その販促力を利用しようと副業に忙しかったのか、
    後半は本編ではほとんど空気で存在感が無かったですね。

    1話とか1クールならまだしも、1年間もありながら、
    ここまで(良い意味での)印象が残るキャラが居ないアニメは観たことがありません。


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  15. モンスーン2017年1月20日 11:52

    春頃にまほプリにはプロットが存在しないという話をここのブログで見た記憶があるんですけど
    もし本当なら話の展開と制作の方針に矛盾が生じているのは間違いなくそれが原因なのでは?

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    返信
    1. >春頃にまほプリにはプロットが存在しないという話をここのブログで見た記憶が

      私は記憶に無いですね・・検索しても見つかりませんでした。
      ワードが違うのかもしれませんが。

      削除
  16. モンスーン2017年1月21日 7:23

    どうやら2016年3月12日の春のプリキュア新聞についての記事

    鷲尾P「魔法つかいプリキュアの今後についてはまだ決まっていない」
    「キャラクターがどう動くかを作者が先に決めておかないほうがキャラクターの魅力は出るもの」

    というのをプロットが無いと記憶してしまっていたようです。
    お騒がせしました。

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※意見交換の際にややこしくなるので、匿名での投稿はご遠慮ください。
なんでもいいからHNを名乗って頂けます様お願いします。

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