2017年1月28日土曜日

最終回を前に


2週間前からまほプリ感想の総括を書き込んでいたのですが、
どうもこれは最終回を見た後に語ってしまっては「後味スッキリ」とはいかなそうなので、

本当は最終回まで見終えてから語るべきこともあるものの
いまこのタイミングで全部ゲロってしまうことにしました。


これはネガティブな方面の総括です。そして
明日はポジティブな方面の総括をする事で、1年間の語りを
スッキリ終わらせようという魂胆です。

※ゆえに、魔法プリを楽しく見てきたという方は読まないことをお勧めします。
魔法プリには良いところもありましたが、この記事ではそこには触れていません。
そういう方は、明日のポジティブ版だけをご覧ください。


゚・*:.:♪*・゜゚監督は何を描きたかったのか?・♯*:.。. :*・゜



第2話の頃からずっと感じてきた、
「作者は作品を通して何を伝えたいのか、キャラクターを通して何を描きたいのか」

という疑問は結局最後までよく分からなかったです。


・・・いや、
「(従来比で)強い主張はしない、熱さを出さない、大人しい雰囲気の作品を作ろうとした」
のかな?と考えると腑に落ちる気はするのですが・・・それは「創作」ではありえないです。



私の旧くて狭い価値観では、

「作品における主張は、作者が何かを訴えたいという情熱そのもの。
それは強いほどに作品は魅力的になり、弱いほどに詰まらなくなるのが道理。」

だと思っています。

第2話感想で語ったいやな予感は、私にとっては当たってしまった事になりました。

第1話は作品にとって自己紹介のようなもの。
監督のイズム、主張、作品に対する心意気、イメージ。
そういうものが必ず見られるはずであり、もし初手でそれが見られなかったら、
それはこの先も望むべくもない

私の第2話の大騒ぎの理由はつまりそういうことだったんです。




この一年でその理論はまたひとつ新たな論拠を増やしました。


※  ※  ※


世の中にはいろんな人が居るのですから、自分の考えが正しいなどとは
これっぽっちも思わないです。

ただ、私個人が面白さを感じることが出来なかった理由としてならば、
この場であれば、言う権利はあろうと思って書かせていただきました。


※念のため断っておきますが「全否定はしていない」ですからね。

▲いいところも結構ありました。

ただ、

不満の方が多いという話です。



゚・*:.:♪*・゜゚魔法について・♯*:.。. :*・゜

第4話感想に私は「魔法という表現に作者の哲学が見たい」と書きました。
しかしそれは「もとより無かった」と結論するしかなさそうです。


「楽しさ」は「魔法」の大切な一面ですが、それだけで語れるものではないでしょう。

理不尽な力であるからこそ、ルールと扱うものの心(=イズム)の描写が必要なんです。
キャラクターのイズムはすなわち、作者のイズムでもあります。

それを定めていない魔法使いモノって過去にあったでしょうか?


その使い方にルールが無ければ、舞台もキャラクターも物語も
地に足が着かなくなってしまいます。

後述する事ですが、ここでも
「作者は王道がなぜそうなるのかについて考えた事は無いのかな?」
と思わざるを得ません。



゚・*:.:♪*・゜゚魔法の楽しさ・♯*:.。. :*・゜

また、魔法の楽しい一面を描くにしてもアイディアがかなり乏しかったと思います。

▲例:ビギナーがやれる事は小さな事。
というのは分かりますが、それでももっと「面白くなりそうな絵」の
アイディアをひねるべきではなかったでしょうか。

なぜか冷凍みかんにこだわっていたようですが、
これは広げても面白くなるものではない・・いや、なかったと思います。

「食べるのに魔法を使う」にしても、
「ナシマホウ界にあるものを解凍」するんじゃなくて
「ナシマホウ界に無い物」を使わなきゃ
魔法の神秘のワクワクがないではありませんか。


※  舞台設計  ※

魔法の楽しさを描くなら、異世界の住人の暮らしぶりや価値観、常識、文化。
そういう描写も欠かせません。

想像力を膨らませて、ナシマホウ界との違いを明確に対比するアイディアが
なければ、一番描きたかったであろうものさえ物足りなくなってしまいます。

▲「ふつうのたべもの」を浮かせる。
27話感想でも書きましたが、これでは全く足りないと思います。


これよりなら、アニメトリコのアバンタイトルの方が
よほど魔法的でワクワクするじゃないですか。

わたあめの雲とか虹のジュースとか
チョコレートで出来たセコイアの木とか
いくらでも面白そうなアイディアは出そうなものですが・・

出そうとしなかったのかな?と疑わざるを得ません。


※  ※  ※

あ、トリコよりもいい手本がありましたね。

▲映画魔法プリ。

何が出るかはお楽しみのプッチンプリン、
風船のパビリオンなどなど。

こちらは「魔法の楽しさとはどのように描けばよいのか」
を分かっている人の仕事だと思ったものです。






゚・*:.:♪*・゜゚「薄い」「軽い」といわれてしまうのは・♯*:.。. :*・゜

魔法についても、友情・人物描写についても、Pが良く語っていた「繋がる事」についても、
今作の描き方はごく表面的、かつ瞬間的で、進行は場当たり的なものばかりだったと思います。

意図してそうしているのか、上手くいかなくてこうなったのかわかりませんが、
いずれにしても信じがたい結果です。



それは、いつかの感想で書きましたが

「丁寧で深みのある人物描写をしてこなかった(結果論)にも関わらず、
偉大なテーマを描こうとしてしまった結果」


だろうな、と私は思います。

※  ※  ※

「偉大なテーマ」の正体は、「人物の生き様、歩みそのもの」です。


だのに
過程をたどらず結果だけを求めた(ようにしか見えない)その姿勢は、

私のような理屈馬鹿には
「柱を立てずに屋根を置こうとしている人を見る」
のと同じくらい、理不尽に見えます。



゚・*:.:♪*・゜゚鷲尾P・♯*:.。. :*・゜

神に弓引くような態度は死ぬほど怖いのですが、
しかし言わないわけにも行きません。


第1話感想で私は「今年も鷲尾Pの名前がある!これなら安心だ!」と
はしゃいでいました。

しかし結果を見る限り、
「キャラクターの感情の変化が不自然になるような流れにはしない」
という鷲尾Pのこだわりのひとつは継承されなかったようで、残念でした。
(演出家さん個々の技量次第だった気もしますが。)



゚・*:.:♪*・表現の手段゜゚・♯*:.。. :*・゜


今作は、主張の多くを絵ではなく言葉で表現することが多かったです。

しかしその割には、そのステキな言葉を担保出来るだけの表現が少なかったと思います。


たとえば
▲その言葉は、あきれるほどおせっかいなみらいの姿を
前もってしっかり描かなければ成立し得なかった。とか。

▲その言葉に共感を呼ぶには、
「リコはこの町の人たちが大好き」という感情を
言葉以外の方法で表現する必要があった。とか。



゚・*:.:♪*・゜゚・♯*:.。. :*・゜

映像作品において言葉はメインの表現方法ではないと思います。

だって、
素晴らしい言葉や設定を説明して、それだけでお客が感動してくれるなら
物語もキャラクターも作りこむ必要なんてないんですから。

そういうことなら自己啓発本でも書いた方がよほど効率的でしょう。

私も大昔、漫画編集から「言葉で説明するなら漫画ではなく小説を書きなさい」
なんていわれました。漫画編集が初心者にはほぼ必ず言う言葉だそうです。

※  ※  ※

物語における主張は、作者の人生経験や想いをキャラクターに託して、
人物の生き様を描き、共感を持たせた上で語らせるからこそ
人の心に届くのだと思います。

今の私の編集も
「それが漫画の楽しさの秘訣であり、恐ろしさでもある」と言っています。


「言わせればそれで描けたことになる」と感じてくれるお客さんは多くはないでしょう。
(全く居ないとも言いませんが)


今作は同じ脚本回でも、演出家さんによって表現が言葉頼みになっていたり
そうでなかったりしていたこと、また
キャラクターの元気さ・活きのよさに大きな違いがあったことが印象的でした。

そういうのはたぶん、予想ですけども、

「脚本をそのままなぞって絵に起こすだけの人」と
「脚本から要旨を読み取って、自分の脳内で再構築して形にする人」

という仕事の仕方に違いがあるんじゃないかなと思っています。


前作はそうした違いをほとんど感じなかったということは、
そこに「監」して「督」する人の、意識の差がひとつ見える気がしていました。


※  ※  ※

村山さんはオールスターズDXシリーズの脚本でしたが、
こちらも「言葉を表現に頼っている」なんて感じたことは無かったです。

だから仮に、今作の監督が大塚さんだった場合
魔法プリは今とは全然違う印象に仕上がっていたに違いない・・などと
妄想せずにいられません。



※  作者の皆さんに対して思うこと  ※

監督の三塚さんはこの一年間、針のムシロの心持だったことと思います。
意欲が無かったのにやらざるを得なかったというのはとても気の毒な話です。

それでも、
1年間番組が続き、シリーズ継続を守ったという意味では
求められた仕事はこなしたのだ、と言ってもいいんじゃないかとも思います。


※  ※  ※

メインライターの村山さんも大変だった事でしょう。

私は他の作品と比較することで、本作からとても多くの事を
学ぶことが出来ました。心から感謝しています。


基礎・王道しか勉強していないビギナーの私には
村山さんが目指した理想がどんなものなのか、
結局最後まで読み取ることは出来ませんでした。

きっと、キャリア豊富な脚本家だけが見える境地というのがあるのでしょう。

そしてそれは、私のような凡庸な者には理解されずとも、
子供たちには伝わり、夢中にさせる事が出来たのでしょう。
ならば私の語ってきた不満など外野の野次ほどの値打ちもありません。

村山さんのお仕事ぶりは
全国の脚本家を志す若者たちに夢と希望を与え、
基礎を学ぶ事の大切さを示したという意味で、
業界の未来に大きく貢献した思います。

有名な格言を添えて、功績を讃えます。


゚・*:.:♪*・゜゚・♯*:.。. :*・゜


去年の春の終わりごろには心が折れかけて、
この先を思うと途方も無い気持ちになったこともありました。

心の熱が冷めてしまうという大事件もありました。


しかし今、私の記事の文字数も標準に戻り
コメント欄も(ポジティブではないにしろ)熱は保っているという状況は

冷め切って関心をなくしてしまうという最悪な状態よりかは
マシな状況に落ち着いていて、「よかった」と思っています。


この状況で思わず「よかった」と言ってしまうところに、
ハードルの低さが伺えてしまいますけどね。

※  ※  ※

当ブログのアクセス数は
ハピネスの頃は秋口には読者が半減してましたが、
今年は最盛期をキープしたままの状態になっています。
(プリンセスの頃よりもPVは多い。)

そういうところからも世間的な関心・熱量も高さが伺えます。


ハピネスの頃の方が不満を語る期間は圧倒的に短かったんですけどね。
この違いはなんだったのでしょうね。

やっぱブルーのせいかな・・



゚・*:.:♪*・゜゚最後に・♯*:.。. :*・゜

あと残っている疑問点としては


■リコは魔法が得意でないけど、実はすごい力を持っているっぽい描写があったけど
そのすごい力(プリキュア以外の力?)については触れられるの?


■リコは自分の将来に対する不安や「何をしたいのか」に思いを馳せるそぶりがあったけど
その結末は?(個人的には、そういうものは結末よりも過程の方が重要だと思うんですけどねー)

(「未来」と名づけられた人物にその様子が無いというのはやはり解せないです。
「欲張る」と名乗りながら、結局「欲」の正体も見せてくれなかった事といい、
「雰囲気だけで名前をつけたのではないか」と疑う余地が残ってしまいますね。)

※  ※  ※

▲これらがまだあかされてませんよね。
(まだあるかもしれませんが。あったら教えてください。)

これを描くつもりがあるのかどうか?最終話の注目点の一つです。


それ次第では、不満語りはコレでは終わらない可能性もあります。
はてさて。

32 件のコメント:

  1. ミステリーあんたー2017年1月28日 20:49

    明かされていない疑問点ですか?

    最大の謎を忘れてやしませんか?
    「伝説のプリキュア」はどんな伝説を残していたのか?
    確か解明されてませんでしたよね?
    なのに「それを超える」と言われても基準が無いからどれだけ凄いのかピンとこない。超えた力で何を成したのかも。

    みらいにだけ杖を与えられた理由もですね。
    もともと1つの世界だったから、なんでしょうけど
    それなら他のナシマ人(特にかな)にも魔法を使わせてあげてくださいよ。
    子供たちもみらいと「同化」していたらむしろ優越感を持つかもしれませんが、
    そうでない見方をしてる子からすると「1人だけズルい」になりませんか?

    ドクロクシーも野望を達成してたらどうなったんですかね?
    利用されてただけで、以外と悪者ではなかったのかも。
    デウスマストの餌食になったのかもしれないし、反発して倒してたりして。
    プリキュア(2人)は話をややこしくしてただけで、関わらなければ結果フェリーチェ1人で片付けてたかも。

    リコの誕生日会の絵本の内容はどういう意味だったの?現実と微妙に食い違ってるような・・・
    無生物なのに命を宿したモフルン、ヌイグルミに戻ったわけは、復活した原理は?
    ことはとムホーの魔法が近い理由は?(活躍が同時期だっただけで属性的には真逆だったような)

    他にも沢山あったと思いますが、見返してまで探す気にはなれません。
    上記の謎にも答えが描かれていたかもしれません。(だとしても明朗ではなかったと思います)
    投げっ放しで視聴者の「物凄く好意的な」補完に委ねるようなモノもあったかに思われます。
    明かされた設定にも納得しがたい(消化しにくい)モノが多々ありました。

    大人が見ても噛み砕くには骨が折れます。
    子供にとっては生煮えで芯が残っていたり、灰汁の取れていない作品だったのではないでしょうか。

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    1. 細かい死に設定まで入れるとかなりありそうですね。
      正直、脳が思い出すのを拒否しているので曖昧なんですが……(もしかしたらどこかで解説されてたかも)。
      ・そもそもデウスマストが混沌として残った理由、そして混沌に戻したかった理由ってなんなのか
      ・人魚はなんで飛べなくなったのか
      ・勝木さんはどこまで覚えてるのか、みらいはちゃんと説明したのか
      あとはみらいの親はリコはーの事どう納得したのかとか、ナシマで活動してたアイドルやらは5年間どうなってたのかとか、言い出すとキリがないですが何も考えてないんだろうなという嫌な信頼があります。

      とりあえず、最終回でまた勝木さんをパラノイア扱いしたら絶対に許さない。

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  2. たぶん最終回前にネガティブコーナーを用意されるかなと思った通りでした
    同人誌衰退の話もありましたが、長文のコメントがこれほど多数書かれるくらいには
    プリキュアはまだまだ潜在力があると思います、その上であえてネガなことを…
    私は本作で、私に理解出来ないこういう表現法でもOKな世代があるのだなぁと思い、
    物事や人の心は色々な方向から見て描く必要と可能性があると感じました

    コメント欄のススメで昴の欠片さんが書かれていた
    中の人がみらいの気持ちに「理由はない」と返答されてしまった件、
    声優さんが差しだした手に監督さんは手を差し伸べなかった訳ですが、
    コレ声優さんにだけと思います?恐らく美術、演出さんなどへもだったのでは?
    心情を描かない描けないではなく、そもそもその発想が無いのでしょう
    そういう意味で49話でみんなでなんとか形にしたというだけでも大したものです

    実は別ジャンルの作品で難解なセリフのキャラを演じる際に質問した声優さんが、
    書いてあるセリフ通り読めばいいという感じの返答を貰った話があります
    キャラの心情などを非常に研究して演じる方なのでとても苦悩されたと思います
    問題はこの指示でいいという監督と、この表現でいいという視聴者がいるという点です

    あとプリキュアとしての土俵に上がれないという意見もありましたが、
    あまりに幼く描かれた本作のキャラと「女の子は誰でもプリキュアになれる」
    ドキドキの時はあまりのハイスペックに、私じゃ無理と思った女の子がいたようですが、
    今作の視聴者はどうなんでしょうね
    凡人といえばエコーのあゆみ嬢がいますが、割と人気だったりしますね
    本作も物語内では不遇だっただけで、プリキュアとしては認めたいと思います
    最終回は笑顔で観たいですね

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    1. 「女の子は誰でもプリキュアになれる」と「プリキュアになってくれれば誰でも良い」は違うと思うんですよね。
      まほぷりはどうも後者な気がしてなりません。

      そういえばダイヤってなんでみらいの家にあったんでしたっけ?

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    2. うわ、しょうゆさん辛辣(笑
      一瞬「僕と契約してプリキュアになってよ」って聞こえました
      ダイヤは特に理由無かったような…偶然、運命、実家が石屋だからでも良いでしょうけど
      みらいが校長の孫で、おばあちゃんに贈った物とかだったりしたら良かったのに
      2つの世界を繋ぐ思いの果てがみらいっていうのもロマンチックなんですけどねぇ

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    3. プリキュア審議委員会 委員長代理2017年1月28日 23:28

      「いま僕のウワサをしてました〜?」
      やっぱりウザいですか?

      ある親御さんの書き込みで、
      「子供が店員さん(だったかな?)にみらいの口真似をしたので慌てた」というのを見た覚えがあります。

      プリキュアになるきっかけは何でもいいと思います。
      歴代はほとんどが巻き込まれ型でしたし、力も心も強い人から弱い人、ノリノリの人から断った人まで。
      子供の多様性に合わせて、あらゆるキャラクターを持った女の子が務めてきました。
      今作の主人公も「今時の子供」に合わせたのかもしれません。
      でもなった後は別でしょう、というのが僕の主張でした。
      人として最低限のモラルは守って欲しいと。
      (一部だらしないのも居た気はしますが、イタい目にあったり、キメる時があったり、メリハリが利いていた)
      それは親御さんの願いでもあると思うんですよね。
      子供が楽しめるかどうかも大切ですが、親(大人)にも観せたいかどうかの選択権がありますからね。
      たかがアニメに道徳や責任まで求めてない、親の価値観を押し付けたくない、
      と言われるなら口を噤むしかありませんが。

      冒頭のみらいの口癖もそうですが、
      リコの「○○してないし」も言い訳とかに使われるとムッとしそうですね。
      キャラのツカミとして定着してしまっている制度のようですが、
      これも言葉選びには気を付けて欲しいですけどね。

      脱線しますが、フレッシュの口癖で良い話を1つ。
      「幸せゲット・あたし完璧・私信じてる」と作った時、せつなの分はまだ決まってなかったそうです。
      そしていざ決めようという時、3人の口癖を見てあることに気付き、
      一文字目「せ」を使ってなんとか、と考え「精一杯・・・」を絞り出したそうです。
      4人の口癖を平仮名にして一文字目を並べると・・・?
      こういうのはいいですね。




      削除
    4. だいたい言いたいことは同じです。
      お話しの中で、プリキュアになるきっかけはなんでも良いんですよ。偶然石が当たったからとか、ね。
      ただ作り手は、キャラの伸び代、内面的な素質も含めてちゃんと始まる前に考えてくれと。
      じゃなきゃ日朝じゃなくて深夜にでも流してほしいもんです。
      まほぷりは、別にダイヤを持ってたのが勝木さんでも成り立っちゃうと思うんです。
      みらいサンよりよっぽど熱心に魔法の事調べそうだし。
      作り手にとって、プリキュアに変身するのがあの2人だった理由はなんなんでしょうね(見た目かな)。
      『僕と契約してプリキュアになってモフルンの販促をしてよ!』

      そしてモラル。そう、本当にモラル。
      せめてモラルがしっかりとしていれば、好き嫌いで済む話なんです。
      しかしねー、子供が真似しちゃまずいような行動を平然と肯定してくるってなんですかね。
      勝木さんなんていじめでしょあれ。いじめをギャグにするんじゃあない。
      悪いことをしても相手が気にしてないからOK、や考えることや努力の否定もひどい。その他もろもろ。
      たかがアニメだけれど日朝ですからね。影響力わかってるのかと言わざるをえない。
      こればっかりは、誰がナント言おうと『やっちゃだめな部分』だと思います。

      私、基本的には深く考えずに明るくアニメ見たいんですよ。
      ここまで辛かったシリーズほんと初めてです。最終回も見るの怖いなぁ。

      削除
    5. >プリキュアに変身するのがあの2人だった理由
       「みらいがなぜリコを好いているか?」と同じで、「理由はない」が答えなんだろうなぁと思ってしまいます。
       49話でみらいとリコはもし、「世界が最初から1つだったら自分たちはどうなっていただろう?」と自問し、「それでもきっと出会っていただろう」と言っています。
       リコ「(前略)私達の最初の出会い、それだけでも大きな奇跡なんだもの」
       「きっとめぐり合っていた」なら、それは「奇跡」じゃなくて「運命」とか「必然」って言うのでは?とセリフ選びそのものに難癖をつけたくなるんですけど、みらリコの関係性はここに集約されるのかなぁと。つまり、なるべくしてそうなった、最初から収まるべきところに収まるようになっていた、と。
      (このあたり、「もしミップル&メップルに出会っていなかったら、プリキュアになっていなかったら、親友にはなっていなかったであろう」なぎさ&ほのかとは対照的ですね)
       もう、「みらいとリコは、元は1つの命として生まれるはずだったが、何かの弾みで分かれて2つの世界に生まれ落ちた。だからこそ2人の関係性は特別で、そこから生み出されるパワーがプリキュアの原動力なのだ」とかいう設定にしたほうが余程すっきりするのでは?と妄想してしまいます。
       
       勝木さんの件は、本当にひどいですよね。本人に聞かせるつもりがなくてもいいから一度でも彼女に「ごめん」と言って欲しかったです。GOプリ#10で寮を抜け出すときにはるかがゆいちゃんに詫びたように。

      削除
    6. 最終回まで見て、ネガティブな話はこちらに書きますが、
      やっぱり皆さんがおっしゃる通り、全体を通じて勝木さんの描かれ方は酷かったですね
      魔法が主題なのに「魔法なんてねーよ」という感じがにじみ出るシナリオはどうかと

      二つの世界を描く割には魔法界からのアクションばかりでしたが、
      これがもし大昔に魔法界を発見し、信念をもってナシマホウ界からつなごうとした人々の
      プロジェクトX的な回を描いて、勝木さんと関わらせたら少し方向が変わったと思います

      主人公たちのちょっと引っかかる口癖や人の心を配慮しない描写法
      (例えば、いちかが名乗っているのにみらいたちは名乗らないなど)
      子供たちに分からないから描かないというより、そもそも描けないのでは?と
      日常描写は自分の日頃の行動や経験が出るものですが、日頃の人間関係大丈夫なんでしょうかねぇ

      まほプリの問題点は、「人の心」に向き合わなかったことかな~と思いました
      でも、それが現代風と言われたら…まあ時代というものなんでしょうね

      削除
    7. >日常描写は自分の日頃の行動や経験が出るものですが、日頃の人間関係大丈夫なんでしょうかねぇ

      作品を使って作者の人格攻撃めいたことはするべきではないと思いますよ。
      「モラル」や「人の心への配慮」が大事だというならなおさら。

      削除
    8. むしろ心配しているのですが、ととおさんが人格攻撃とおっしゃるのならそうなんでしょうね
      作家や芸術家にはアクの強い人も多いですが、いいもの作れればOKだと思います
      玩具が多く売れた以上、依頼達成でいい仕事したってことは分かっています
      チーム性の強いアニメ制作の場合はコミニュケーションが重要です
      もし自分の思った作品を描けなかったのなら、そこは少し考えて欲しいなと思います

      声優さんの質問に対しても「理由は無い」ではなく、「じゃあ親友のどういうとこが好き?」とか
      勝木さんの件も「どう思う?」と問うとか
      一人で全部背負い込まず知恵借りていいんじゃないですかね
      作中での気持ちのやり取り、一方向に感じる部分はそういうことでしょ

      あとブルーの時も思いましたが、キャラは自分で動けないし反論も出来ないんですよね

      削除
  3. 最終回を見終えての感想で
    真っ先にポジティブな言葉が出るか、ネガティブな言葉が出るかは
    実際に見てからじゃないと分かりませんね。

    過程はもちろん大事ですが、
    それはもう過ぎてしまったことです。
    明日の最終回で最も大事なのは、
    これまでの過程で残してきたいろんなモヤモヤに
    「どうやって決着をつけるか」だと思っています。

    前回を見る限り、『魔法つかいプリキュア』を
    良い雰囲気で終わらせようという意思をすごく感じました。

    私個人的に明日の最終回は楽しみです。

    前回はリコの成長した「姿」は見せてくれましたが、
    まだ成長した「魔法」は見せてくれていないので
    その辺も楽しみにしてる所です。

    返信削除
  4. う~ん、私は正直最終回には「期待」しておりません。
    次回予告を見る限りでは、Aパートでは4人での終わらない日常が再開された様子を、Bパートではアラモードへのバトンタッチを描くのがメインになるでしょうから。どこまで伏線が回収されるのやら……
    リコや補習メイツの現在・未来ビジョンくらいは語られるでしょうけどねぇ……
    すみません、皆様の予想通り、残っている疑問点をちゃんと解消して終わったなら手のひらを返してお詫び申し上げます。

    返信削除
  5. 一番最初概要の概要に魔法つかいと魔法界が出てくると聞いて気になったのは世界観に対する覚悟でした。世界観をスタッフ一堂で共有して無いと、普段無意識にしてる物理法則や倫理観から解放されてなんでもやってしまうから。そして残念ながらそうなってしまった。
    おじゃ魔女の魔法玉や魔女蛙、早口言葉みたいな呪文、あれらは伊達じゃなくて一線を引くための目印なんだ。ハリポタでは技に合わせた呪文とか。
    “魔法をナシマホウに見られてはダメ”は置いとくが、線引きがないから普通の魔法とプリキュアの魔法の差が見せられなくなってしまった。

    回が重なって行く内に気になり出したのは表現力の甘さでした。台詞と行動、持ち物の趣味とかその人なりの統一感が感じ取れませんでした。『今作は一話完結だからと言って前回小言ばかり言っていた人が今回“これでいいのだ”と締めたら変でしょ』みたいな感想。
    前回“みらいはパワーストーンの買い付けに”と言いながらきようこママが石の解説をする事はなかった。魔法界の服の意味付があるとバーちゃんの肩掛けに意味が出てくるし、ジュンの腕捲りが1つのネタになる。(個人的趣味だが異動パン屋にイチゴメロンパンしか無いのは残念だった。「新作のマーブルスクリュードーナツです」「おおそうか!じゃプレーンをくれ」なんて遊びができないじゃないか。)

    全体的に気になっていたのはみらいの扱いですね。失敗しないし、誰かに叱られたりしない。
    大人みらいが出てきて思い当たったのが、年寄りの子供の頃の自慢話。成功例は言うけれどその前の幾多の失敗は言わないし、冒険に行って経験した事は言うけど親のサポートや無茶して叱られた話は隠しておく。今までもまほプリは子供向き合ってる様に見えなかったし、みらいがはーちゃん以外の小さい子と話をしていない(そもそも出てこない)のが気にはなってはいたが、中2みらいは大人みらいの背中を見ていたなら納得できる。勿論作者のその姿勢には納得できない。最終回で中2に戻るそうだがこの妄想の裏打ちなったら残念である。

    今までのプリキュアさんは小さい子と話す時は必ずしゃがんで目線を合わせていた。 みらいはそれができる気がしない。作者の本音だろうか。「立派な背中を見せれば子は育つ」も1つの信念とは認めるが。

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  6. ちくわぶドロボー2017年1月29日 0:41

    私にとって「魔法つかいプリキュア」は前回で完全に『終わった』アニメですので今更細かい事をとやかく言うつもりはありませんが。
    (私の細かい不平不満が見たい奇特な方がいらっしゃったら1話から同HMでコメントしている不評系ブログ様がございますが…)
    兎にも角にも、我らが主人公 朝日奈みらいに一本筋の通った「カリスマ」「魅力」が無かった点に尽きます。

    確かに物語の主人公を設定でガチガチに固めてしまうと長期クールのニチアサに於いては自由に舵取りが出来ない欠点がありますが。
    それならばそれで「粗削りながらもコレだけは絶対にブレない物」があって欲しいものです。
    彼女の決め台詞「ワクワクもんだぁ。」って要は目の前の出来事に対してその場限りの感嘆を述べてるだけなんですよね。
    「ぶっちゃけありえな~い」「絶好調なり~」「けってーい」「幸せゲットだよ」etc
    これらの歴代主人公の決め台詞ってその人物の主観や性格、モットーが反映されているのですが
    みらいのそれは使い方が一話完結方式の一本調子で単に飽きっぽい刹那主義しか感じられませんでした。

    他作品と比べるのもアレですけど私がしつこく推している「リトルウィッチアカデミア」はまだ3話を終えた段階ですが。
    まほプリに欠けていたものが沢山詰まってますね、単純なハリポタのパロディとしてもコチラの方に軍配が上がるでしょう。
    何より主人公「アツコ・カガリ」のキャラがシッカリ確立されてます、演じているのが潘めぐみさんなのでヒメと被りますがw
    今のところは魔法が使えず無鉄砲で不真面目な面が強調されるも彼女の行動動機には確固たる「芯」が存在してます。
    3話は必見です、形はどうあれ「何かを成す」という事をギャグを含みながらも気持ちよく描けてますw

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  7. 別記事におけるシケバロ様の感想に

    ・Goプリは足し算構成。前に進む勇気と上を目指す信念を描いた作品
    ・まほプリは極端な引き算から取り戻す構成。足元と現状を見据える事に意味を見出した作品
    という分析がありましたが、私も概ねそう思いました。

    Goプリにおける足し算構成は、物語作りにおいては基本、王道であり
    作品における主題を定め、それに対する結末を見据えたら
    相応しい敵を設定し、要所の山場を設け、山場を補完する要素を洗い出し
    それらを作品やキャラクターの色に合わせて各話数の中で順序立てて進める。
    もちろん、最初から最後までを全て見通すことは困難なので
    途中で辻褄が合うように調整しながらアドリブを入れていく。

    そんな基本的、王道的な構成はGoプリに限らず
    過去のプリキュア作品において、基本的に同じであったと思います。

    一方、本作は、過去のインタビュー記事や、放映された話の中身を見る限りにおいて
    過去の王道的物語の構成方法から敢えて脱し、今までのプリキュア作品の作り方に囚われない
    新たな物語の構成やフォーマットによって作られた作品となりました。

    例えが適切かどうかは自信がありませんし、私がそう感じただけかもしれませんが
    『過去のシリーズ作品に囚われない作品作りを試みた』という点において
    本作は、ガンダムシリーズでいえば『Gガンダム』的挑戦をしたのかな?と感じました。

    Gガンダムを詳細に語れるほど、コアな視聴者ではありませんでしたが
    それでも、これまでのガンダム作品の世界観とは異なり
    当時流行った対戦格闘ゲームのノリのバトルによって覇者を決めるという
    五輪に代表される競技スポーツ的なコンセプトのドラマという異色の存在でした。

    当時、私も最初は「こんなのガンダムじゃない!」と感じました。
    同様な反応は少なくなく、序盤、評価的にも商業的にもかなり苦しんだようですが
    魅力的なキャラクターやキャッチーな演出、奇抜に見えて割としっかりとした物語で
    徐々に盛り返し、最終的には異色ながら一定の評価を受けるまでになりました。
    関係者のコメントから、この作品によって新たなフォーマットが出来たり
    既成概念に囚われない新しいチャレンジに対するハードルが下がったとのこと。

    王道に乗って安定した腰の据わった構成
    既成概念に囚われない新たな物語の構成
    これらの間そのものに優劣は無く、その選択は作者に委ねられ
    前にも述べましたが、チャレンジ自体は決して否定されるものではありません。

    もしかしたら、まほプリも何年か経って
    「プリキュアという作品に対する固定観念を崩し、様々な物語を生み出す契機となり
     プリキュアをマンネリ化から脱却させることができた礎となる作品」
    という評価がされるのかもしれません。こればかりは今は何とも言えません。

    ただ、このチャレンジを行うについては
    素敵な日常を取り戻すというエンディングへの結末に導くため
    素敵な日常を描き続けつつ、各話数単体でも視聴者を惹き付けるために
    魅力的なお話を描き続けるという、ものすごい構成力とお話のパワーが必要だったのかな?と。
    それこそプリパラ3期のように。

    そう思うと、ていお様や皆様が述べられているようにスッキリしない数々の点に加え

    守りたい日常の範囲の広げ方や密度の描写において
    主人公たちの狭く濃密な日常が描かれた時間が多く、それと比べると
    主人公と日常を共有する周囲との関係性を描く時間が少ないバランスの悪さから
    『自分達の日常を取り戻すついでに世界の日常を取り戻した』という印象となり
    ヒーロー/ヒロイン物でありながら、ヒロイズムを感じられなかった点。

    戦闘パートについては、販促における重要な要素であるにもかかわらず
    ワンパターンで迫力に欠け、映像演出、導入や戦闘内容という面で物足りなさを感じた点。

    設定やプロット、筋書きに囚われたかのような、違和感を感じるキャラクターの言動、等々。

    そういった数々の点が私にとってマイナス要素となってしまい
    モフデレラ回のような作品パワー(ブッ飛んだギャクという意味ではなく)が
    感じられる回が全体的に少なかったため
    私には本作におけるチャレンジが成功したとは言い難いように思えました。

    余談(もしかしたらコッチの方が重要かもしれませんが)ですが
    子供達がプリキュアを視るようになってから、誕生日等のプレゼントとして
    比較的話の初期の段階で玩具を1つだけ与えています。
    前作はパヒューム、本作はモフルンでした。
    初期に1つだけですので、物語が進むにつれ新たな玩具が登場し、CMが流れると
    毎度「欲しい!欲しー!」の連呼が繰り返されてきたわけですが
    本作については、新たなアイテムが登場しても「欲しい!」の頻度は少なく
    その勢いも過去作に比べて弱かったという印象でした。
    モフルンというアイテムの出来が良すぎたせいなのでしょうかね?

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    1. ぺち様

      おそらく思っていた事が同じだったのでしょうか。
      ここ読む前にかいた自分のブログで同じニュアンスでGガンのくだりを自分も使っちゃって、
      なんだかパクったみたいになっちゃいましてすいませんでした。

      自分のまほプリの評価、というか思いは
      だいたいぺち様と同じだったので、ここでコメントすることがほとんどありませんでした。

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    2. >kasumi 1973様

      いえいえ、こちらこそ、ご丁寧にありがとうございます。
      私の方こそ、そちらの記事を読んで
      「ヤバっ、自分、パクった形になっちゃった!?」と一瞬青ざめました(笑)

      しかし、よりによって出た例えの被りがGガンだったのには
      (もっとも、私はクレしん映画の方までは言葉及びませんでしたが)
      「ああ、やはりそう感じたのは自分だけでなかったんだ。良かった。」
      と、少し安堵しました。

      それにしても、まほプリについて、かなり肯定的にご覧になられたkasumi様と
      中盤以降はなるべく割り切った見方をしようと努めてもなお厳しい見方になってしまった私と
      反対の見方でありながら、評価というか分析が似たようなものになったのは
      面白いな・・・と思いました。

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  8. おばあちゃんがリコを初めて見た時、
    「そう、あなたが…」と意味ありげなニュアンスで言っていた気がするのですが、気のせいですかね。

    当初はおばあちゃんもプリキュアや魔法使いに縁が?と思っていましたが、若い頃に校長先生を偶然見かけたってだけだし…(「会った」というよりは「見た」って感じです。校長先生の方はおばあちゃんに対してあまり関心があるように見えませんでしたし)。

    リコ家族に会ってもこれと言って目立った反応はナシ。
    結局なんだったのでしょ?
    私の記憶違いなのか、それともどこかでそれっぽい回収があったのか最終回で明らかになるのか…。


    ちなみに…どうにもやっぱりネックなのは「みらい」です。

    主人公なのに一番中身がない、というか…。

    元々私は「いかにも主人公」という感じのキャラよりも主人公以外のキャラを好きになる傾向があるので、だから「みらい」をあまり好きになれないのかなぁ…と思っていたのですが…。
    でも前作の はるか のように、いかにも主人公キャラ設定なキャラクターでも好きになるキャラいるし、結構プリキュアの主人公はなんだかんだ最終的に好きだったり応援したくなったり…という事が普通なのですが、今回の「みらい」に関しては驚くほどにその要素がないのです。

    「みらい」について説明しろと言われたら、「好奇心旺盛な性格」というよりも「好奇心旺盛という“設定”」という説明になってしまいます。
    おまけに「ミラクル」になるとまた性格が変わる…。
    ただでさえ「みらい」が見えない状態なのに、「ミラクル」になると「みらい」らしさもなくなってしまっている気がします。
    外見も変わってしまうのに性格(もとい設定)まで変わってしまうと、もはや別人にしか見えず、「みらい=ミラクル」には見えなくて…。

    外見的な好みで言えば、ミラクルはすごい好みなんです。普通にかわいい。きっと私が子供だったら、あの衣装を着て変身ごっこしたいだろうなって思います。
    けれど「みらい」として「ミラクル」に変身ごっこは出来ない様な気がします。
    「みらい」にはならずに「ミラクル」に変身。そんな感じになりそうです。

    ミラクルはかわいくて好きですが、「みらい」の好奇心旺盛な設定からくる明るい感じの外見が「ミラクル」になると見えなくなっているような気はします。(目元とかね)


    これまでも変身すると外見や性格が変わるキャラクターはいました。

    のぞみのように普段はドジッ子でもドリームになるとリーダーシップを発揮したり、ピーチやブラックのように、普段と変わらないようで変身するとやっぱりどこか磨きがかかって見える子だったり。

    マナとハート、はるかとフローラは外見が変身前と違う印象を受けますが、それでも別人には見えません。
    姿は変わってもハートはマナ、フローラははるかとしてちゃんと見ることが出来ます。

    でも、みらい・ミラクルはどうなんでしょう。
    なんだか二人ともイマイチ掴めず宙に浮いた存在になっていて、「?」ってなります。
    みらいをミラクルと認識できないし、ミラクルがみらいだとイコールがつきにくい。

    そう感じているのは私だけ?と思っていましたが、いろんな方のコメントを読んでいると、やっぱり「みらい」を掴めない方は沢山いたんだな、と思いました。

    キャラクターが動いていない、動かされている。
    動かされているからこそ、動かせないシーンでは動けない。動いてくれない。



    「…こんな時、あのプリキュアなら絶対こう言うだろうな、必ずこんな風に勝手に動いてるに違いない」
    「こういう話にしたかったのに、キャラクターが思うように動いてくれなかった」


    はたしてミラクルはどう動く?何て言う?
    みらいは?思うように動いてくれないのはいい意味で?それとも??



    「みらい」と「ミラクル」が一体どういう子なのか、ラスト一話、自然に感情移入できればいいな。

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  9. デウスマストの正体2017年1月29日 9:47

    なんでも婆ちゃんは「魔法界人だった」という裏設定があったらしいですよ。
    血統主義になりかねない、とボツにしたそうです。
    正直意味が分かりません。

    いや選民思想がいけないことは分かりますが、みらいはクォーターになる(できる)んですよね。
    異世界の男女が結ばれて生まれたのならそんなことにならない気が・・・
    物語の持っていきようでどうとでもなる設定だと思いますし、
    本編での両界の扱い方のほうがよほど差別的だった気もしますがね。

    過去作でのインタビューや裏話は感心することや苦労が偲ばれて「もう1つの物語」を楽しめるのですが、
    今作ではいろんな意味で首を捻ることばかりです。
    ここまで混沌とした気分になるアニメを観たのは初めてです。

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  10. 最終回観ましたが…前向きでも何でもない感想なのでこちらに書きます。
    作品を楽しむというか、作品の制作の裏事情を推測するためのアニメになってしまったなぁ、というのが今の印象です。

    「もっとこういう物語、こういう描写したら良いのに」と観る側が考えるアイディアと、
    同等がそれ以上のものは作る側には当然あったんだと思います。
    ただ、それを実現するにはいろいろな意向の調整が必要で、
    (魔法ならではの表現→ハリポタのパクリになってしまう、
    人物の強烈な個性や尖った主張→何をやってもどこかしらからクレームが来る…とか)
    調整に従った結果がなんとも言えない未消化感なのではないかと。

    自分ならこうするという話のようでアレなんですが、例えば最終決戦直前の展開と描写ならば。
    「友人との別れを天秤にかけても戦わなければならない」という物語で逼迫感が必要であれば、
    二つの世界が無理に繋がった弊害で各地に天変地異(地割れ、竜巻のような明らかに怖いもの)が起きていて人々が怯えている、
    という描写があれば話の流れでは素直に納得できたと思うんです。
    でもそこに、あくまで推測ですが、「災害を想起させる表現はNG」という事情が入った結果が、
    作物の不作や、ラパパーパの加護で不安を感じないようにしています、という表現になったのではないでしょうか。
    (海モチーフのキュアマーメイドの必殺技の表現は津波を想起させないように気を使ったという旨の記事もありましたので)

    まぁ最後まで観た後ならバトンタッチの話を入るように調整した結果でもあるのかな…とも思うのですが。

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  11. すみません 不満はこっちに書かせて頂きます
    やはり 中学生に変身するのは歪だったなぁと感じました
    というか 約4年も年月がたっていてみらいを大学生にした意味がやはり成長させたという意外性を出すのと物理的な時間経過で再会を感動的に見せるための演出にしかなってないです
    だから都合が悪いから魔法で戻してしまえという無理矢理感が拭えない
    みらいの名前が名前負けしすぎですよ…
    海外に仕入れをしに行くのは色々な人に出会いたいかららしいですがこれももっとストーリーを練っていれば面白く出来たはず
    たとえば本編がアクセサリーショップを通して色々なストーンに触れて魔法との出会いがその先で待っていた話とかあれば海外へ行く意味が人との出会いだけが目的ではなくなったはず
    もっとリコとの再会を望んでいて行動も起こしていると描写できたはずです
    これでは本当に待ってただけで魔法に最後まで頼りきりじゃないですか
    まぁ 0から作るのは大変だしあとからこうすれば良かったのにと言うのは簡単なので酷ですけど…せめて海外の人と関わっている絵がほしかった
    リコはあんなに輪を広げた映像があったのにみらいの印象が薄すぎますよ
    あと 世界がまた繋がったのはことはのお陰なのでしょうか?
    みらいのキュアップラパパが発動した絵がありましたがその事には触れませんでしたね
    タイミング良くリコも現れたので3人の力が合わさったから繋がったと信じたいですが、世界が繋がったことにことはからしか説明がなかったのでみらいとリコはそこに関わっていないのかと…
    てっきりリコも再会するために頑張ってるのかと思いましたがそんな描写はなかったですね
    世界を繋げる魔法がプリキュアだったんじゃなかったんですか?
    世界を繋げたのはことはだけなんでしょうか
    いや 元を辿ればことはを見つけて成長させたのはみらいとリコなので一役かってはいますが
    もっと分かりやすく世界を繋げることは出来たと思うのです
    使命感を持たせないという制約がなければ
    やはりこの制約とあからさまな成長をさせないは足かせにしかなってないと思います
    ゆっくりとした成長を描くというのは別に良いんですよ
    でもまほプリの場合はストーリー的に成長する展開を無理矢理成長させないように押さえつけているのが問題です
    徹底して守りすぎたせいでひとつの回としてもおかしいし最後格好がつかなくなってしまった
    そして過程は描かないけど格好つけたいから結果は素晴らしいものを用意する
    過去の描写を忘れないと矛盾が生じるストーリーとキャラクターは観ていて辛かったです

    あと ドクロクシー勢の唐突な救済はなんですか
    まぁ 幹部達はまだ分からなくもないのですが校長の後ろにクシィらしき足元が映りましたがあれはどういう意味ですか…
    まほプリは命がどうのと言っていましたがこのアニメの命の概念とはなんですか?
    フェリーチェはヤモーを否定していたし容赦なかったですけど、バッティは49話で手を繋いでいませんでしたっけ?バッティは命があってプリキュアを助けてくれてヤモーとスパルダは最後までプリキュアを憎んでいて…あぁ 纏まりようがないです
    きっと私より頭の良い方が纏めてくれると思いますが
    クシィは蘇ったんですか?ドクロムシーに付いていくとヤモーは決めたらしいですがドクロクシーとドクロムシーは別個体じゃないんですか?ドクロクシーの虫歯から生まれたんですよね?同じじゃないですよね?ヤモーはそれで良いのか…あと校長の後ろの足元は(エンドレス
    なんていうか 子供に寄り添ってつくるを掲げたなら最後まで分かりやすくするべきだったと思います
    もう 語り始めたら不満は止まりませんのでこの辺にしておきます

    あ ガメッツは良かったです
    鮫をぶったおす絵も面白いなぁと思いましたがプリキュアに戦いを挑もうとしてスルーされるのも可愛かったです

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  12. 最終話観ました。
    私の感想もこちらに書いた方がよさそうです。
    結局最後まで疑問や不満の多くが解消されませんでした(私にとっては)。

    ・なぜダイヤはみらいの家にあったのか?
    ・なぜナシマホウ界出身のみらいに魔法の杖が特例的に与えられたのか?
    ・モフルンに生命が宿るという、魔法でも説明がつかないほどの奇跡は結局なんだったのか?

    どれもプリキュアに必要なものなので、「ラパーパがそのように仕組んだのだ」としか思えないのですが、
    それは要するに全ては最初から神によって決められていたということに他ならず、
    裏を返せば神に選ばれていない人間(たとえば勝木さん)はどんなに努力しても無駄だということになると思うのですが。
    「生まれる前から運命で決まっている」とやっちゃうならそれは血縁主義と同じことだし、
    だったらいっそのことおばあちゃんが魔法界出身でダイヤや杖を受けついでいた(モフルンもその影響)としたほうが、まだしもスッキリしたような。

    ・闇魔法は本当に危険だったのか

    闇魔法はオルーバの仕掛けた罠で、それを使うとデウスマストの封印が弱まるという説明がありましたが、
    「闇魔法は危険だから触れてはいけないよ」というのが魔法界の共通認識になっている時点でオルーバの計画は破綻しているし、
    その破綻している計画にそれでも引っ掛かったとしたらクシィは輪をかけて間抜けなことに。
    どうせ封印が永遠に続くものでないのなら、迎撃の準備を整えた上であえて封印を解いて対処するという考え方もあるわけで、
    クシィの狙いはそれだったと考えた方がキャラの格は落ちません。
    そう考えると、実はプリキュアは余計な事しないでドクロクシ―様に任せておけばよかったのでは、と思えます。
    デウスマスト亡き後、闇魔法で生み出されたバッティが普通に人間と共生しており、特に害は無さそうだったし。

    ・バッティはリンクルストーンの助けなしでドンヨクバールを倒しており、どうやらミラクル&マジカルより強い。それでいいのか。
    ・イードウは魔法界・ナシマホウ界間を瞬間移動でき、カタツムリニアの必要がない。それでいいのか。
    ・ってゆーかバッティ君はイードウでナシマホウ界に来れたんじゃね? お別れしてた数年間ムダだったんじゃね?
    ・バッティをああいう扱いにして〆るなら、彼と和解する役はプリキュアであるべきだったのに、実際働いたのは校長。みらいは何にもしていない。
    ・ガメッツたちはどうも記憶や人格をある程度残したままカメやクモになっている様子だが、それは残酷すぎないか。

    ・ことはは神になって宇宙の修復を数年間続けていた(意訳)らしいが、もともと神だったならともかく、人間に育てられた「花海ことは」という女の子はそんな状況で精神崩壊しないのか。
    ・リコは人魚を入学させたりして世界を繋ぐ手助けをした! って台詞のみで説明しちゃったけど、それこそを実際の行動として1年間かけて描くべきだったのでは?
    ・大学生みらいの頑張りも同様。なぜ画として見せずに台詞のみの説明なのか。止め絵でもいいからみらいが外国の子供と手を繋いでいるシーンでもあれば説得力は段違いだったのに。
    ・「ペガサスは実は知的生命体で、今は魔法学校にも通っている」って無理矢理すぎないか。あれは野生動物の扱いだったはず。他の種族との交流を避けて暮らしている少数民族だったというのなら、追いかけ回して写真を撮るという補習の内容はあまりにも失礼。南米辺りの少数民族に当てはめて考えればよくわかるはず。

    ・オールスターズはTVシリーズとは独立したパラレルワールドと捉えることが出来たが、今回はTVシリーズ本編の中で新旧プリキュアを出会わせてしまった。
     当然ドリームスターズは今回の話の続きにしないと不自然だろう(みらいといちかがあらためて「はじめまして!」をしたら、今回の話を観た子供はおかしいと思うはず)。
     ということは、キラプリはまほプリの数年後の話だということになり、中学生のみらいといちかはタイムトラベルしない限り一緒にいられないことになるが、それでいいのか。

    だめだ、疑問はいくらでも出てきて止まりません。まとまりがありませんがとりあえずこんなところで。

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    1. >オールスターズはTVシリーズとは独立したパラレルワールドと捉えることが出来たが、今回はTVシリーズ本編の中で新旧プリキュアを出会わせてしまった。
      >当然ドリームスターズは今回の話の続きにしないと不自然だろう(みらいといちかがあらためて「はじめまして!」をしたら、今回の話を観た子供はおかしいと思うはず)。
      >ということは、キラプリはまほプリの数年後の話だということになり、中学生のみらいといちかはタイムトラベルしない限り一緒にいられないことになるが、それでいいのか。

      これって何か問題あるんでしょうか?
      別に普通に一回会ってる設定で何の問題もないと思います。
      よしんば映画で不自然な出会い方をしたとしたら、それは映画製作サイドの問題で、まほプリスタッフに責任を負わせる性質のものではないでしょう。
      (というかそれを言いだしたらプリンセスプリキュアの方がよっぽどオールスターズ泣かせな最終回なはず)

      また「タイムトラベルしない限り一緒にいられない」と書いてありますが、別にタイムスリップしなくても魔法で中学生の姿になれることも、プリキュアに変身できる最終話で描写されています。
      オールスターズでの共演には矛盾は生じませんし、仮にTVシリーズでもう一回共演するとしても同様です(100%無いでしょうが)。
      中身が大学生じゃない、本当の中学生のみらいと一緒にいたいのなら、おっしゃる通りタイムトラベルでもさせるしかないでしょうが。
      そこにこだわる必要ってあります?。

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    2. 問題を感じない人もいるでしょう。
      私はそういう人たちに「なんで問題を感じないんですか? 当然こだわる必要があるでしょう?」なんてことは言いません。
      人によっていろいろな感じ方、考え方があるというだけのことです。

      私にとっては大いにこだわる必要があるのですよ。
      別にそれについて事細かに説明しようとは思いません。
      こだわる必要がないと思った方はこだわらなくていいいんですよ。
      でも、私がこだわることを止めさせようとはしないでくださいな。

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    3. こだわるのを止めろという話ではありません。
      単純に興味があったので、プさんが感じるこだわる点についてお聞かせ願えればと思ってコメントをしました。
      プさんにもしお返事をいただけるのなら、自分はこういう理由で問題ないと感じるということを書いた方が回答しやすいかと思い上記のようなコメントをさせていただきました。
      ですが、今読み返せば自身の感情を優先した挑発的な文章で、それを読むプさんへの配慮が欠けていました。質問をする側の態度の文章ではありませんし、プさんには大変不快な思いをさせたことと思います。
      失礼な態度を取ってしまったことお詫びいたします。本当に申し訳ございません。

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  13. 最後のアンチウォッチャー(にしたい)2017年1月29日 15:33

    いやあ、最後まで「魔プリらしさ」を貫き通してきましたね。

    1.ドクロムシーは今までの登場人物を総ざらえするために出てきた。
    最果て島の時もそうでしたが、こういう「作者の都合」を隠すのが途轍もなく下手ですよね。
    2.ルールを破ることに甘い。論点ズラしによる解決。
    他人のスイーツを奪う、虫歯になっている。
    2つの悪事をしているにも関わらず、虫歯を治し、蜂蜜をあげる。
    チクルンの時もそうでしたが、絶対反省してないぞ?コイツ。

    他にも相変わらずセリフがくどいとか気になりましたが、
    「やっと終わった」が一番の感想ですね。
    これで暗チ面から脱することができる(はず)。

    続きが観たいからではなく来週が待ち遠しい。

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  14. プリパラ研究生2017年1月29日 21:36

    プリパラ研究生と申します。

    ネガティブな感想なのでこちらに書こうと思います。
    まほプリがようやく最終回を迎えました。
    初めに書きますと、今回は初期から視聴していたにもかかわらずちっとも好きになれませんでした。(人魚のあたりで「?」となってました)
    理由はあらゆる意味で中途半端な事。
    シナリオが壊滅的なのは言わずもがなですが、それなら絵で惹かせるものがあるかと言えばそうでもない(まあこれは好みの問題かもしれませんが、エロいのだけは確か)。
    キャラデザ=良い
    声優=素晴らしい
    その他諸々=良い
    演出=微妙(笑)
    スペック上は非常に良いものだとわかります。
    しかし、シナリオが稚拙極まりない且つ取って付けたような適当さ加減が全てを台無しにしていると思いました。
    言うなれば子供騙しもいいところ。
    既出ですが、頭を空っぽにしてなければとても見ていられない深夜日常アニメばりの内容でした。

    最終回、どうなる事かと思えば大学生は一瞬で中学生に戻りました。
    大学生になった、という事もただの演出の一つだったんですね。なら中学生の数か月後くらいでよかったのでは・・・
    あっ、それだと魔法で若返る演出が使えないか(テヘ)
    でもそれがしたかったが為だけに歳をとらせるとはなかなか業が深いですねw
    最終回の内容も、事実上の蛇足と言いますか本編とは言い難い引継ぎの一話となりました。
    まあそれ自体は昔からよくある話なので否定しませんが、結局「こまけぇこたぁいいんだよ!」を地で行くまほプリらしい一話となりました。
    「魔法」を扱う作品は、理屈とかで考えたら負けなのかもしれませんね。
    ハリーポッターがしっくりこない自分にとっては妥当といえば妥当なのかもしれません。
    絶賛する意見もなかなかあるようですが、受け入れられなかった自分はもはや老害なのかもしれませんね。

    次作のプリキュアは2話まで見て判断したいと思いました。
    ではごきげんよう。

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  15. なんかもう、ここまで上辺だけの話にするんだなあと、心底ガッカリした最終回でした。
    前作の設定がしっかりしていたせいか、まほプリは矛盾だらけに感じました。

    アナと雪の女王は、制作途中にとある登場人物の設定を変えたそうです。それは、ディズニー側から出たコメントです。
    そのため、ちょっと展開に違和感があります。

    まほプリは、制作途中でたくさんの変更があったのかもしれないと思いました。
    そうでないと、ターゲットをバカにしているとしか思えません。
    4歳の娘がいますが、やっぱり、良いと思えるものを見て欲しいです。
    プリキュアは、もう方向が変わったのかもしれないですね。

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  16.  最終回の方の記事に書かれた他の人コメントを読んで、今作は
    「水戸黄門や深夜の日常アニメのような、深く考えない観る作品」なのかな、
    と思うようになりました。
    もちろん、スタッフが実際にそういうつもりで作っているかは別ですが。

     しかし、これも指摘されていることですが、本当に深く考えずに見る作品だとしても、
    かなり中途半端になってしまっています。
    それは敵の暴虐に対する主人公たちのセリフと、敵そのものです。

     敵が主人公たちなどに対して否定的な言動をとると、主人公たちは「それは違うよ」と言います。
    でも、その内容がどうも説得力に欠ける。正しいことを言っているのは分かるけど。
    例えるなら、偉人の名言を集めた本を読んでるだけ、といった感じでしょうか。
    その言葉を言った人は偉いけど、その本を音読しても偉くはなれないよ、と。
    いっそこういったシーンは無い方がよかったのでは、と思えます。

     敵そのものに関しても、「女児は興味を抱かない」と考えているなら、
    もっとシンプルでよかったんじゃと思います。目的は世界征服、とか。
    混沌という敵の存在も、主人公が戦う動機として分かりにくいのでは?

     もし私が今作を観ていない人に「これからまほプリ見るつもりだけど、どんな作品?」
    と聞かれたら、「綺麗で可愛いキャラを見て楽しむのがいいよ」と答えようかと思います。


    (余談)
     敵に関しては、今作を見て非常に重要だと感じました。
    私の観た過去作を思い出すと、スイートやハピネスではいいコメディ役でした。
    ドキドキでは主人公たちではできない「裏切り」「下剋上」を描いていました。

    プリンセスでは主人公を思いきり否定して、その目的を引き立てていました。
    第一話の「どんな夢か言ってみろ。笑ってやるから」はよかった。
    敵を出すなら出すで、何らかの明確な役割を持たせた方がいいですね。

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  17. 北北西に魔法巻け!2017年2月1日 21:31

    2月に入りました。
    去年の今頃、まほの1話「怪物よ、あっちへ行きなさい」からの間の悪さに違和感を覚えたものです。
    その後「どうもバトルが映えないなぁ、なんで魔法をつかわないんだろう?そのくせキメ技はムダに壮大だな」と思っていました。
    しかも敵と噛み合わないというか、マトモに向き合わない。
    そのまま一方的に目の前から消し去ったと思ったら、新たな敵とも向き合わない。
    その内、旧幹部が復活したり活躍したり、微妙な救済がなされたり。

    もしかすると、なんですが「鬼は外」だったのかな?と。
    でも「福は内」の主張が強過ぎて無責任に見えてしまいました。
    もしくは「痛いの痛いの飛んでいけー」
    これも自分にとって嫌なことだけを遠ざけることに主眼を置き過ぎて、無神経に見えました。
    他人の心の痛みにも寄り添ってなかった印象ですし。
    子供目線に合わせ、バトルシーンを和らげるという意味ではアリな考え方なのですが、伝わらないと無意味です。
    この解釈が正しいかも半信半疑な上、気付いたのは終わってから、では遅過ぎです。
    そういう意味では子供目線とは言えませんし、努力が足りません。

    じゃあ1年前に知っていたら?
    それでも、それ以外の要素(ストーリー・演出・音楽・美術)も最低レベルです。
    皆さんキャラデは良いという評価が大半ですが、個人的にはそれほどとは思いません。
    なにより内面を知ってしまった(というか何を考えてるのか見えない)ので可愛いなんて思えません。
    むしろいつも、何をしていても笑っているのが不気味に感じられます。
    よって今作の評価は「最悪」とさせて頂きます。

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  18. 魔法使いプリキュアの、何が嫌だったんだろう・・・と毎日のように考えてしまい、
    再度、ていおさんのこのブログをパソコンで読み返してみました。
    (普段はスマホで読んでいます)

    答えがありました。

    >「丁寧で深みのある人物描写をしてこなかった(結果論)にも関わらず、
    >偉大なテーマを描こうとしてしまった結果」

    最終回ではーちゃんが、「宇宙の向こうでみんなの平和をずっと祈ってた!」みたいな発言を
    して、みらいが「へーそうなんだ!」で、リコが「すごいことをしていたのね」
    のような返しをしていて、(確か、こんな感じだったと思います)
    そういうのってファンタジー系の少女漫画で、最低10巻以上の続きもので描写される事
    じゃないの?簡単に扱わないで欲しいなあ。。。と思ったり。

    OPで、「目立つのそれが嫌なの空飛ぶとかマジ危ないし」の歌詞って、誰の気持ち?とか
    視聴していて一致しないモヤモヤはいろいろありましたが、それよりなにより、
    偉大なテーマがあるように見せておいて、ちゃんと表現しなかったこと、やっぱり不満です。

    でも制作会議(のようなもの)の段階でそれをテーマにしてしまった以上、
    最後までチラつかせざるを得なかったんですよね。
    どんな玩具を作るかも、変身文句も決めてしまうのですから、
    途中からテーマを完全無視するなんていう大幅な変更はできないですもんね。

    魔法使いプリキュアは仕方なかったんだな。とおかげさまで思うようになり、
    気持ちを切り替えてアラモードプリキュアを娘と一緒に見ることができそうです。
    ありがとうございました。

    ちなみに娘の通う保育園にはキュアハッピーのぬいぐるみが1つだけあり、
    特に4歳クラスの女児に大人気で、常に誰かが抱っこしています。
    「女の子はみんなキュアハッピーが大好きやねん」
    と娘のクラスメートが教えてくれました。

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