2017年10月16日月曜日

キャラクターが悪いのではありません!

作品に対する不満・嫌悪感が、キャラクターにまで向いている人が
居ることに驚いたので少し書いておきます。

キャラクターは、
園芸にたとえるなら苗。
料理にたとえるなら食材。
演奏にたとえるなら楽器です。

「まずい食材などない。まずい料理があるだけだ。」
という名言があるでしょう。




※  ※  ※

いいや、ハッキリ書きましょう。

みらリコはーちゃんは本来とても魅力的に輝けるはずだったキャラクターでした。
それは劇場版魔法プリが証明しています。

TVのみらいたちの人物と物語がなんだかよく分からなくなってしまった原因は、
作品に対するビジョン、創作に対する熱意・姿勢、キャラクター演出に必要な理論とイメージ。
そしてそれを実現するための監督力が監督とプロデューサーに無かった事です。

※  ※  ※

改めて、「どんなときもキャラクターに罪はない」ということを
皆さんに訴えておきたいと思います。
(伊藤誠みたいに罪を負わせることを目的にしたキャラクターでもない限りは。)


作話の不備に起因するキャラクターへの嫌悪は、
もらい事故で傷ついた人に更に罵声を浴びせるような
かわいそうな行為だと私は思います。


炭のように焦げた秋刀魚食って
「マズい!秋刀魚嫌いになった!」なんて言ってる人が居たら
おかしいと思うでしょう?
そういうことです。

23 件のコメント:

  1. ていお氏の言うことにも一理あると思います。

    しかし一方で「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」という諺の示す通り
    人間心理として理性<感情に流されてしまうのも1つの真理です。

    食材で言えば、牡蠣にあたって腹を壊した。
    それ以来、精神的アレルギーで食べられなくなった。そういうこともあると思います。
    いくら「ちゃんと火を通せば大丈夫」と言われてもダメなものはダメ。
    「まあ、そういう人もいるよね」とスルーするより無いと思いますがね。

    でも宣伝OPは確かに僕も違和感は覚えました。
    春映画でもないのに過去キュアを出すの?(秋は単独がデフォだった)
    「ことは」は出さないの?(出るかもしれませんが)
    脚本が村山氏だからなの?
    (まほ勢が出しゃばると本末転倒。チョイ役だとなんで出したの?となる)
    わざわざコメントには書きませんでしたが。

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    1. >「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」という諺の示す通り

      それは「感情論」なのです。
      本文を書きながら、そういう隙はあるよな・・とは思っていましたが

      感情を否定すべきではありませんが、
      私のような理屈馬鹿にとしてこれは一度主張せずには居られない事だったのです。


      ※  ※  ※

      >春映画でもないのに過去キュアを出すの?

      作る側も見る側も、スタイルにこだわるべきではないと私は思います。
      面白くなるなら、それが絶対的に優先されるべきです。

      村山さんだから?何企んでんの?などということは
      その仕掛けがスベった時に考えればいいでしょう。
      今から心配するようなことではないと思います。

      ・・私も、監督が知らない人だったらソワソワしてたと思いますけどね・・(´Д`;)

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  2. たしかに秋刀魚に罪はありませんが、
    今回の場合、過去に炭のように焦げた秋刀魚を出してきた料理人がまた手腕を振るうことになって
    その厨房に性懲りもなくまた秋刀魚が並べられてるんですよね?

    一年間焦げ魚に苦しめられた身としては、
    調理前の秋刀魚を見るだけで眉をひそめざるを得ません。

    僕は焦げた秋刀魚が大嫌いです。
    少なくともケーキと同じ皿には盛ってもらいたくありません。

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    1. ふむ。
      しかし田中シェフが調理したサンマは美味しかった・・ですよね?


      今回もまた調理前のサンマを使うなら、今度はおいしい料理になるかもしれません。
      料理が上手ければ、嫌な思い出さえもそのときは忘れられるかもしれません。


      以前秋刀魚を焦がしたのは第1にシェフの能力と責任であり、
      「助手」を御し切れなかったところに原因があります。

      今回はシェフも別の人で、実績・定評もある。
      「あの助手」がシェフ並に活躍したら
      また焦げ焦げ料理が出る可能性は高いですが・・・



      ・・・・作品を決定付けるのは脚本家ではありません。監督です。


      ならば、今から目くじらを立てるのは早いのではないでしょうか。


      もしまた性懲りも無くこげた秋刀魚が出てきたときは、一緒にここで騒ぎましょう。
      土田監督は尊敬する監督の一人ですが、それは作品評価とは関係ありません。

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  3. キャラクターに罪はないというていおさんの書いていることは正しいと思います。登場しているキャラが感情移入できないような言動をとることがありますとそれは作家のキャラの解釈が異なっていたか上手く扱うことができなかったのだと感じざるをえません。漫画しか知らないのでアニメは監督と脚本家の解釈違いですかね。そこのところはよくわからないです。

    それはともかく年期の入った親しんでいるキャラになりますとこれが顕著になります。このキャラはこういう台詞は絶対にいわないとか何でこういう行動をとったのかがわからないとか。設定したキャラがぶれるシーンがあるとその作品は基本苦手になりますね。それでも他のエピソードとかで感情移入できる言動があればそのキャラは好きになるわけでそのエピソードは作家さんが読者や視聴者に合わせたシナリオ構成などを行ったのだと思います。漫画で独りよがりの作品はダメという理由はこういうことだと思います。

    作る視点になればキャラを上手く使いこなせなかった作家に問題があるとすぐわかりますが作らない側の視点になるとこのキャラは以前はこういう言動はとらなかった、だから嫌いみたいな極論にたどりついてしまうのではないかなと思います。そこのところを理解してもらうのは難しいわけですが。

    キャラに罪はないと理解するとていおさんと同じ境地へたどりつくことができますが作品を作らない側の視点とそれを共有しあうのは難しいことかもしれませんね。

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    1. >作品を作らない側の視点とそれを共有しあうのは難しいことかもしれませんね。

      おっしゃるとおりだと思います(`・ω・´;)
      私自身、この仕事をしてなきゃこんな記事思いつきもしなかったと思いますし。


      しかしだからこそ、この記事を書いてよかったと思います。

      読者全員に分かってもらえるとは思いませんが、半数くらいの人には分かってもらえると思いますし
      そうなれば意義は十分にあったと言えるはずです。

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    2. 書いててなんだか懐かしい感触になったのですが、
      そういえばこの理屈はブルーを擁護したときと同じですね。

      ブルーと並べちゃうとイメージが悪すぎますが。


      みらリコと比べるとブルーの不幸さは格が違いますけどね。

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  4. キャラクターに対して何かを「思う」「考える」というのは有意義な事です。
    それが好意であれ嫌悪であれ、自分の抱いた感情を大事にすべき。
    また、「かわいそう」だから意見を変えるというのは、結局感情から来ているモノであります。

    キャラクターを色付けるのは良くも悪くも物語。
    その物語を廃してキャラだけを語る場合、語られるのはどういったことなのでしょう。
    見た目の可愛さ?初期設定?自分ならこういう話にするという妄想?
    良い面も悪い面も、その廃したはずの物語から引用されるのではないでしょうか。

    キャラクターに罪は無く、悪いのは全てスタッフ。
    しかし、そのスタッフが出来はともかく作り上げた物語によって、キャラクターは肉付けされた。
    ていおさんの語る秋刀魚はただの秋刀魚ではなく、スタッフによって下処理が施された秋刀魚なのです。

    「キャラクターを大事にしたい」というていおさんの意見も分かりますが、
    私は自分の気持ちに素直でありたい。

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    1. >良い面も悪い面も、その廃したはずの物語から引用されるのではないでしょうか。

      物語もキャラクターの一部。それを前提とした場合、私には弁護の手段がありません。

      おっしゃるとおり、「こうすればよくなったのに」という私の妄想の量の多さがが
      私の弁護したいという感情の源だと思います。

      この理屈を正確に理解してくださって、その上でご自身の意思が変わらないということなら、
      私から言えることは無いです。ただ、理解してくれたことを感謝するのみです。

      削除
  5. 通りすがりの人2017年10月17日 15:22

    前に一度、書き込みをさせていただいた者です。

    こちらでは管理人様をはじめ、まほプリが肌に合わなかった人がけっこういらっしゃいますし、
    余計なことすんな!…と思う気持ちはよく分かります。

    ただ、もう少し大らかに見てあげてもいいんじゃないかなぁ、と個人的には思うのです。
    まほプリが好きだった子は純粋に嬉しいでしょうしね。
    以前は焦げてたサンマ料理が美味しくなってる可能性もあるでしょう。
    映画が公開されるまでは静観でいいんじゃないでしょうか。


    商売の面から見ると、プリキュアみたいな長期シリーズの作品作りは、
    単独での映像作品は難しくなってきてしまったのかなぁ、という気がします。
    料理に例えるならば、単品料理ではお客さんが満足しなくなってしまって、
    前菜やら副菜やらデザートやらと、あれこれ付け足して過剰な盛りつけになってしまっているような感じでしょうか。

    同じニチアサの仮面ライダーは過去ライダーの客演は当たり前になっていますし、スーパー戦隊も同様です。
    「最初からヒーローが5人くらいいれば、画面上は寂しくならない=客演とかしないでいい」
    というスタンスで始まったのが戦隊シリーズだったんですけどねぇ…。

    男児ものと女児ものではスタンスが異なりますが、
    プリキュアもこういった流れを無視できなくなったんじゃないでしょうか。
    長期シリーズというのは時代の映し鏡みたいなところもありますから、
    時代が変われば作品作りのスタンスも変わっていくのかなあと思います。


    ブルーの叩かれ方は凄かったですね。
    中の人が、アフレコ現場でも共演者たちに冷たくされたと聞いて、
    役者さんは何も悪くないじゃん…と、痛ましい気分になったのを思い出します。

    長々と失礼しました。

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    返信
    1. ブルーを擁護したときには結局3~4割位の人に理解して貰えました。

      しかし断固許すまじ!という人たちの怒りはもはや理屈では止められないな・・とも実感したものです。

      理性と感情の正しいバランスなど無いし、あったところで誰もがそれを目指すべきでもないですし、
      しかし感情に飲まれて理性を失っている人を見ると諌めたくなるのです。

      強要すべきでもないですし、本当に色々難しいことですが。

      削除
  6. キャラクターに罪はない、これは同意します。

    しかし、この投稿はていおさんの自己顕示欲を満たすためにプリキュアのスタッフへの批判をしているだけにしか感じません
    作品への批判などは反面教師として心の内に秘めておいて、より良い作品創りへの糧にしてはいかがでしょうか?

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    返信
    1. >自己顕示欲

      言葉選びに間違いはありませんか?
      ならば、この記事に限らずすべての記事、すべての絵・漫画がそのために書いているものです。


      この記事においてスタッフ批判は目的ではなく、目的を語るための過程です。


      自分の糧にするのは当然のことですが、黙っていては伝えられないこともあります。
      そういう場合に限っては、批判も有りだと思っています。


      過去にも書きましたが、
      「ナイスプレーには惜しみない賞賛、エラーには容赦ない罵倒。
      それが本来あるべき健全なファンの姿勢」

      だと私は思っています。
      但し、罵倒ではあまりにも品がないので「批判」という形に収めているのが現在のていおブログです。

      削除
    2. 感情的になり不適切な言葉を使ってしまいましたすみません...
      たしかに動機に関しては多様な意見があるということを見落としていました


      質問なのですが「黙っていては伝えられないこと」とありますが伝える対象というのは
      東映アニメーションにでしょうかそれとも、ていお亭の読者方にでしょうか

      またアニメーションにおけるナイスプレーとエラーの定義とは、ていおさんの思い描く演出や脚本とのギャップということでしょうか

      削除
    3. ていおブログの記事が「ていおブログを読んでくれる人」以外の誰に向けて書けるでしょうか。

      >ナイスプレーとエラーの定義

      定義付けするなら、私に限らず視聴者一人ひとりが「面白いと感じるかそうでないか」でしょう。

      削除
    4. まさお様
      このブログの方針としては「ていお亭の読者」の中に「東映アニメーションのスタッフ」は含まれているのです。
      ここでいくら語っても伝わらないんじゃないか?という心配をされていると思われますが、問題はないのですよ。

      削除
  7. まほプリがダメというよりは、Pと脚本家への嫌悪感からでしょうね。本編の悪夢が再び、て感じでしょうか。でも同じキャラでも作り手によっては印象が変わりますしね。そういう意味では、ていお様の仰る通りです。事実映画のまほプリは魅力的でした。仮に今回の映画でまほプリが客演するにしても、W田中なら批判は起きなかったでしょう。
    それと大友の皆様はともかく、歴代のプリキュアが出てくれば、ちょっとしたボーナス気分で子供たちは喜ぶと思いますしね。まぁいいのでは、という感じです。批判は観てからにしましょうか。

    個人的にドリームスターズのフローラには違和感がありましたね。なんか違う!と。やはりこれも作り手が違うからでしょうね。

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    1. さしずめ「村山アレルギー」と呼べるものが大人ファンの間には蔓延してるのかもしれませんね・・・

      ・・・私も罹患者の一人ですが。

      柴田Pは栄転なされたようですが、脚本家は責任者ではないですしね。


      >やはりこれも作り手が違うからでしょうね。

      ・・うん。私も違うと思いました。

      象徴的なのは「30秒で片付ける発言」ですよね。
      宮本さんは自身で「はるはるファン」を名乗る割には
      あれは迂闊な表現だったと思います。
      http://teioblog.blogspot.jp/2017/03/blog-post_26.html
      ▲詳細

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  8. 図体は大人、精神年齢は子供2017年10月18日 16:42

    企画や人事は上層部(東映やバンダイ)が決めたことです。
    そしてアンチが騒いだり、そうでなくとも不安に思う人が少なからずいるであろうことは
    予想がついたであろうにも関わらず、わざわざOPに登場させた理由とは?
    (サプライズゲストあり、と隠すこともできたはず)

    1、炎上商法狙い。
    2、そういう人は眼中にない。
      良く言えば子供しか相手にしていない。悪く言えば鈍感。(失敗作だと思っていない)
    3、ペコリンが長老並みの幽霊マスコットなので、モフルンの神通力に頼りたい。
      (それだけ観客動員・グッズ販売に危機感を覚えている)

    はい。意地悪な憶測です。
    結局は作品のデキと観客動員によってでしか、正解だったかどうかは分かりませんからね。

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    1. 2はありえそうですね。
      騒ぐのは極めて少数のアンチのみなわけで、それを中心に据える意味がまったく無いですからね。
      (もっともそういう層が意外とリピーターとなる場合もあるので無視はできないでしょうけどw)
      プリキュアショーでも脈絡なく前作キャラが出てくることがありますし、子供にとっては単純に嬉しいのでしょう。
      さらに言えば、失敗作という認識が製作サイドにはなさそうですものね。何を以て失敗とするかという問題にもなりますが…

      図体は大人、精神年齢は子供様は「意地悪な憶測」と言いますが、2に関しては至極真っ当な意見だと思うのです。

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  9. はじめまして、プリキュア感想いつも楽しく拝見させて頂いています。

    キャラクターに罪はないの件ですが、ここからは僕の個人的な感想になりますのでご気分を害されてしまいましたら申し訳ありません。

    魔法使いプリキュアを秋刀魚に例えておられますが、ていおさんは食あたりにあったことがありますか?

    僕は生卵にあたったことがあり、卵を生で食べることができなくなりました。

    僕にとって魔法使いプリキュアはこの生卵にあたるものです。

    とても嫌な言い方になってすみません。でもこれが僕の正直な感想です。

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    1. やはりこの例えは的確ですね。
      嫌がる人に無理強いするべきものでは決して無いのですから。

      ・・改めて、みらいとリコが気の毒でなりません。
      親の罪は深いと思います。

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  10. 僕もあの3人は嫌いです。
    ワンドロのお題がこのタイトル関連の場合、開けることすらしません。
    PIXIVなどでも彼女らの姿はスルーします。

    それは「本編」での彼女らの行いがあまりにも酷かったからです。
    でもそれが「すべて」です。
    僕の、キャラを愛せるかどうかは「ありのまま」が好きか嫌いか、ですから。

    劇場版でどれだけ良く描かれようと「本編と地続き」とされていない以上、二次創作と同じで
    本編に戻った時の落胆が大きくなるだけです。
    理性という色眼鏡で見ておいて「こう考えれば愛せるだろう?」というのも乱暴です。
    コンセプトではこうなる予定だった。作者が違えばこうだ。と言われても、
    でも実際はこうだよね、で終わりの話です。
    そしてそれは歪めることなく素直に表明すべきだと思います。(叩くためだけのアンチは論外ですが)
    「情けは人(作者)の為ならず(誤用ver)」ですよ。

    愛に正解はありません。
    だから僕の意見に反論の余地があるのも否定しません。
    なにせ僕は評論家でも哲学者でも詩人でも作家でもないのですから。
    言葉にするとどうしても嘘くさくなってしまいますし。
    ただアニメ作家なら作品で、絵師なら絵でそれらを表現して欲しいと思うだけです。
    そしてそれが伝わらないのは「無い」のではなく、腕が未熟か、愛が冷めているのでしょう。

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※意見交換の際にややこしくなるので、匿名での投稿はご遠慮ください。
なんでもいいからHNを名乗って頂けます様お願いします。

匿名でのコメントは削除致します。

※投稿が反映されるまでには時間がかかることがあります。

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