2018年1月31日水曜日

キラキラ☆プリキュアアラモード全話を振り返る

【追記あり】
最終話を見た後、私は投票所には「満足」を一票入れました。

実は、最終話を見る前までは「差し引きゼロ」の気分でした。
2週間前から用意を始めていたこの本文も
それを前提に下描きをしていましたので、序文はすべて書き換えることになりました。

それほどまでに、最終話が良かったと言う事です。

※  ※  ※

この1年間、私のプリキュア感想はハイ&ローの波が4回くらいあった気がします。

そのたびにアツくなったり冷めたりして、それにやがて疲れた結果が
「差し引きゼロ」を選びかけることになったのだと思います。

作品全体を振り返るなら、
私の感想は賛否それぞれ同じ量だけ語ることになります。

だから、読後感のためにもまずは不満点から語っていくことにいたしましょう。

【追記】▲あ、これこれ。
40話の時にも書いたんですが、最後の最後まで
これ放置した監督のセンスは私、嫌いです。

なんですかね。
これを最終回まで残したってことは監督なりのこだわりがあったんでしょうか。

シエルが歩いてきてキュアパルフェになる絵は用意するのに、

▲この展開があったあとさえも

「ジュリオ」がシエルの前にかぶって画面を黒くする絵を放置って???



まして、ここは「大好きが一番のマストアイテム」と歌うところ。
そこにあの絵はないでしょ・・・


職場で誰かしらが「ここ変えないの?」とは言っただろうし、
よほどのこだわりがなきゃここまで放置するなんて事は考えられませんねー

私の理屈で凝り固まった発想力では読み解けなかったです。
誰か教えてくれませんか。
いや、これがキャラクターをモノのように扱うような作家だったなら
今更疑問は感じないんですよ。
暮田監督の普段の仕事にそういう作り方が見られないから、「不思議」に思うんですよね。


【6人の大所帯を持て余していた】

6人全員のキャラを立て、物語を描こうとする意志は感じられて、
その心意気自体は応援していましたが

拙速感が見えたり、誰かにスポットを当てると他が空気になったりして
50話という時間の割にはいちか以外のキャラクターの魅力が感じられなかったのが
残念でした。

そして最もガッカリしたのは、展開の都合に押されて
主役のほとんどが仕込み不足のままクライマックスを迎えさせられてしまった事。


もう少しじっくり扱えれば必ず美味しくなったはずの食材が、
青いうちに収穫・調理されてしまったかのような「もったいなさ」。

そして、そんなキャラ演出を犠牲にしてまで展開を急いだにもかかわらず、
先に見えたのは過去の主張の繰り返しであったこと・そこで6人の新たな魅力が
引き出されるというわけでもなかった。という事にもガッカリしました。


本作はキャラクターを紹介するところまでは(あおい回以外)非常に上手かったです。
ゆえに期待も大きくなっていたわけですが、またそれゆえに
「美味しくなる前に終わってしまったこと」への失望は大きくなりました。


本作が「技術的に上手かった」「作品のビジョンも明確だった」にもかかわらず
中盤以降心が冷めてしまった理由は恐らく、
これが一番大きかったんじゃないかと思います。



【プリンセスと同じ筋書き】


本作はプリンセスプリキュアが1年をかけてやってきた大きな展開を
わずか11話でやってしまいました。

この時私は「その先に描きたいものがあるんじゃないか」
と期待しましたが、結局見られたのは似た展開の繰り返しで、
新しいものは見えませんでした。


初めからそのつもりだったのか、思いがけずこうなったのかはわかりませんが、
これもまた非常にガッカリした点の一つです。
私が勝手に期待して、勝手にガッカリしただけの事ですが)



「似た展開」、と言えば



▲この曇った目見るたびに「またか」って
思って冷めてしまうところもありましたね。

「心を抜かれる」のと「心があるからこそ闇におちる」
という違いはあるにはあるんですが、絵的な印象として。



【欲張った?】

キャラクターの人数、動物モチーフ、パティシエモノとプリキュア、そして作品テーマ。
今作はこれまでのプリキュアよりも扱うものが多かったですよね。

それらを投げず、果敢に描き切ろうとした姿勢が感じられた所は好きですが
しかし扱いきれていたとは思いません。

「そもそも何を描きたいのか」のイメージも固めないまま
作ってしまうのよりはマシ。といういい方は出来ますが、
そんな次元の話はプロ相手にするものではありません。


【坪田さん】

坪田文さんの書くゆかり回は、つかみどころのなさそうなゆかりを
しっかり分かりやすく描いたところが素晴らしかったですよね!
あれは誰にでも出来る仕事ではないと思います。

一方で、明らかにアイディアが減って描写が雑になった上趣味性が増した
25話「電撃結婚~」には心から失望しました。
私は「坪田さんはお調子にお乗りになられたんだな」と思いました。


プロデューサーがビビって鷲尾さんに相談に行ったというほどの内容。

しかしこれまでの脚本の評判が良かったので「書き直してください」とは誰も、
監督さえ言えなかったのかな?

好意的に受け取っている方も多いですが、私は好きになれなかった・・
いや、キッパリ「嫌い」な回でした。

百合描写云々ではありません。雑なところが、です。


【技術の高さ】

今年は脚本・演出ともに「上手い」と感じる事が多かったです。
特に暮田監督の演出回は物語の魅力と、それを引き出すための方法を
「論理的に」分かっている人の作り方だと感じました。

しかし「描きたいもの」を非常に欲張った本作は
全ての演出・脚本家の技術が監督・構成らと同じ水準になければ
扱いきれるものではなかったと思います。


また、監督補佐の貝澤さんの演出回を見る限りでは、
おそらくは暮田・田中両氏が持っている「理屈」を理解していないのではないか
と感じました。

二人とも非常にロジカルな作り方をして(いるように見え)ますから、
この人は補助として機能するのか?と思っていました。


しかしそれでも3話・4話・9話のような「ミス」が
その後あまり見られなくなったと言う事は多分、何か構造調整のようなものが
あったのかな?と予想しています。

実際のところは全く分からないのですから予想の話しかできません。


※「理論派=優れている」と言う話ではありません。
理論的に感じられなくとも素晴らしい仕事は見られたのですから。

理論的=私個人の好み、という事は言えますが
それが一般論になるわけもありません。





゚・*:.:♪*・゜゚よかったところ・♯*:.。. :*・゜
さてお待たせしました。
ここからは楽しい時間です。

【作品のビジョンとそれを形にする技術があった】

第1話から「どういう作品にするのか(※)」のイメージが明確で、
それを描くための具体的アイディアと技術もあり、最後までその芯をぶれさせる事無く
描き切っていた所が、私は何よりも好きです。

※具体的には
■キラキラルは「人の想い」そのもの。
キラキラルを与え合うことは「想いを与えあうこと」。
そうして人との絆は深まっていく。

■人への思いやりは、自分に返ってくる。
善意は一方的ではなく、助けた人に助けられる人間関係。
そんな変身ヒロインの姿。


【設定・設計の用意の仕方】

敢えて蒸し返しますが、ちょうど1年前私はこんなことを書きました。
「チクルンってさ・・結局何だったんだろう。」

「脇役は、主役や主題を引き立たせるために用意される存在。
それが主役も主題にもかかわらないのでは、脇役に使った尺が
全て関係ないところに飛んで行ってしまう」と。

※  ※  ※

こうした設計を見ると、
本作は前作とは真逆の手順で組み立てられたことが分かります。

すなわち、「何を描くのか」を決めてから設定を決める作り方です。


「不器用だけどピュアなお父さんの愛情」

「尊敬している、お母さんへの想い」

「迷える娘を優しく見守る・支える、信じる両親。」

リオ君の立ち直る過程ではシエルの姉弟愛が見えました。

憎しみにとらわれた心を救ったのは、
「誠心誠意相手に向き合う事。」でしたね。

「過ちを悔いたなら、改めればいい。」

ちゃんと「ごめんなさい」して

「和解」を描いてくれたのもうれしかった。



・・あ、ビブリーは正直、▲この回を見た時には
「なんじゃそら!」と呆れました。

何がしたくてビブリーを用意したのか、分かるどころか
疑問が増しました。



しかし多分、


▲こういうことなんじゃないかな、と思います。

「敵として立ちはだかった者と和解して、
一緒にお菓子作りをするようになる。」



そこにプリキュアの包容力・ひいては
「混ざるということは、異なる存在と分かり合って共存すること」


ビブリーが仲間になってからも悪態ついてツンツンしたところが
変わらなかったのは、「そのまま受け容れる事」

を大事にしたかったからじゃないかな?と思います。

最終的にはラスボスにさえ手を差し伸べて
「混ざろう」としたのですから。

「レッツラまぜまぜ」
という言葉をただのキーワードだけで済まさず、
「混ぜること」とはどういうことかについて
しっかり描いて見せてくれた点も素晴らしいです。


そして主人公。
「「大好き」な気持ちを追いかけて行く先に素敵な出会いがある。

そして人に想いを届けることがやがて自分自身に返ってくる」

「大好きな事があるなら、勇気を出して伝えてみよう」
「そうすれば、自分さえ知らなかった自分の魅力が見つかるかもしれない」

「挫折を味わっても、それが本当に大好きだったなら失敗さえも糧にすればいい。」
「そうして育った夢は岩のように固く、もはや誰にも壊せないものになる。」


「世の中が退屈なのではない。大好きなものを見つめなおせば、
ときめきは身近に見つけることができる」

「誰かの献身は自分を擦り減らして無くす事ではない。
大好きな人の笑顔を守ろうとする事で見える強さが、自分らしさの証明になる」

「支えてくれた友達へ、大好きな気持ちを返すこと。
泣くほど別れがつらくなるほどの友情は、そうして育っていく」


※もちろん詳しく書くならこんなものでは済みませんし、
これは私個人の受け取り方ですから作者の意図とは違う可能性があります。

しかし大事なのは、こうして全員分の「作者が何を描きたかったと思うか」が
スラスラ出てくることです。

それは、作者にその意思が無ければ決してそうはならないはずなんです。
まして私は極端な理屈主義者なのですから。


そしてそういう作り方をした作品は、
「何がやりたかったのか分からない」という感想が出にくくなるものだと思います。


※  ※  ※

ふう・・ちょっと疲れました。
全然綺麗に締まっていませんが、
一応言いたいことは全部書いたと思います。


でも多分穴はまだ沢山あるでしょう。

しかしあまり遅くなっても申し訳ないのでここで一旦書き上げとさせてもらいます。


「お前これについて語ってないじゃん!」というのがあったら
コメント欄で補足していただけると嬉しいです。

それでまた本文を追加したくなることもあると思います。

13 件のコメント:

  1. エピソードは、どれも良く、キャラクターもメイン以外も含め素晴らしかったのですが
    駆け足だったのは、とても残念でした。

    アニメの中の時間の流れと一緒に
    2年間の放送期間で
    1年目を「ゆかりさんの留学&キュアパルフェ誕生(ピカリオ・ビブリー加入)」
    2年目をそれ以降のエピード
    とすれば、もっともっと深掘りできたと思います。

    シエルの転校後のエピソードとか、もっと見てみたかったし、
    あおいのエピードももっともっと見たかった。

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  2. 余所のカキコなぞ眺めつつ思ったことですが…

    「勝手にノワールとくっつけられたルミエル可哀そう」(意訳)
    といったカキコを見て、「そうかも…!?」と思わずうなったのが始まりです。

    ルミエルは、ノワールの事を結局どう思っていたのか、というのはちょっと気になりました。
    というのは、ルミエルの想い次第で最終回でのルミエルの扱いが全く違って見えるからです。
    ノワールにまんざらでもない想いがあったのなら
    まぁあの扱いは悪くないのでしょうが(多分一般的な見方)
    そこまでの好意が別になかったとすると、あの扱いは
    ノワールにだけ都合の良い、ルミエルにとってはひどい扱い、とも見て取れます。
    (多分穿った見方、だけど表面的に捉えたらそう受け取れなくもない見方、だと思います。)

    多分どうでもいい枝葉末節なのでしょうが(笑)

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  3. 図体は大人、精神年齢は子供2018年1月31日 22:14

    素人目に見ても「キャパオーバー」だろうな、と予想し、
    もしかしたら「プロなんだから何か手を打つのか?」というかすかな期待は裏切られ、
    なんだやっぱりか、で終わった1年でした。
    最低限、破綻せずに収まった。ギリギリ赤点回避、という評価です。

    そこまで低評価なのは、
    「この作品の伝えたいことが分からない」とコメントした方がいましたが、僕もそうだったからです。
    「大好きじゃないですか」と言われても、残り数話で唐突に声高に叫びだしただけ、という印象でした。
    「最初からそうだった」と言われても、そう言われるとそうだったかな?という印象です。
    それだけストーリーの途中で論点がボヤけたり、ズレたりしていた気がします。
    (描写すべき要素が多過ぎたのも影響したと思います)
    受け取り手の読解力が足りていない、と言われればそうかもしれませんが、
    今作は伝え手側にも未熟な部分が相当あったやに思えます。

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  4. キラキラプリキュアアラモードは個人的には、はじめの半年はとても面白く歴代プリキュアのなかでもトップクラスだと思いました。特に16話や18話は面白さのあまりに鳥肌がたちました。しかし、後半から話がだれてきたと思います。それでも少し盛り上がりが回復しかたと思うこともありましたが、最終回の一つ前と二つまえの週はていおさんと同じように心が冷えきってました。個人的には最終回はそこそこまとまっていて合格点には達しているかなといったところで、ていおさんもおおむね高評価を下すだろうなとは思っていましたが、ここまで誉めるのは正直意外です。ふと気になりましたがフレッシュプリキュアの最終回とプリンセスプリキュアの最終回とキラキラプリキュアアラモードの最終回ではどれが優れていると思いますか?なんでもかんでも順位をつけるのはもしかしたら野暮なのかもしれませんが、ぜひ順位とその理由を教えて下さい。

    私はプリキュアシリーズの中でも正直好き嫌いが別れてしまうのですが、キラキラプリキュアアラモードは間違いなく好きなシリーズの一つです。声優やスタッフの皆様お疲れ様でした。そしてHuGっとプリキュアが楽しみです。

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    1. 優劣は語りたくありませんね。
      最終話「だけ」で語るなら、等しく全部好きです。

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  5. ひまり以外は死んでいると感じた私にとっては、メインキャラクターの掘り下げを脇役に頼りすぎたのも問題な気がします。

    特に、水嶌とみくがそれを物語っています。
    それぞれ、あおいの音楽とあきらの優しさ、一番重要な部分を盛り上げるはずが、水嶌はあおいの音楽をBGMにして肝心のラストを飾ってしまい、みくは姉を差し置いてエリシオの標的にされる始末。主役と脇役の立場が逆転してしまった最悪の結果です。
    それには及ばないまでも、いちかは家族が絡まないと印象が薄く、ゆかりは振り回す誰かがいないと気まぐれでいられず、シエルはリオもしくはビブリーとセットでないと出番が激減してしまいます。最終的には立花先生を伏線に留め、自力で物語を構築したひまりとは大違いです。
    脇役の存在が話を盛り上げるのは確かですが、脇役がいなければ話が成り立たない展開ばかりだったのは本当に残念でした。

    脇役とは少し異なりますが、敵にストーリーを設けたのも結果的には失敗だったと思います。
    本来ならば、終盤に向けてしっかりと掘り下げたい中盤にもかかわらず、リオとビブリーにバックボーンを持たせたがために、ただでさえ大人数で制約のあるメインキャラクターの描写がさらに削られています。特に、中盤から加入したシエルにとっては大きな問題であり、プリキュアになって以降はリオかビブリーの引き立て役と化してしまいました。
    ビブリーの改心を描くためにノワールとルミエルの因縁が事後報告になったり、先にルミエルの力を借りたリオが戦ったことで後のルミエル実体化に疑問が生じるなど、キャラクターの掘り下げどころか話の根幹が描写不足&駆け足展開になってしまったのは致命的です。
    単純な勧善懲悪にしなかったのは偉いですが、話を必要以上に複雑にしただけに終わったのは残念でした。

    誠に勝手ながら、素人の私はプロに対し、目標に到達する過程をいかにシンプルに描けるか、要するに「引き算」を求めます。
    もちろん、スポンサーの意向の影響は大きく、製作スタッフだけの問題ではありませんが、様々な要素をひたすら詰め込み続ける、いわゆる「足し算」だらけの本作は大いに不満です。

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  6. 概ねていお様に同意です。
    ストーリー的にまだ盛り上がってないのに無理矢理大きく話を動かすところ、スイーツ繋がりにするには今ひとつ説得力なかったプリキュア同士の関係、意味なく思えるアニマル要素、何より25話での暴走。あれで個人的には冷めましたね。ビブリーの話も納得できない。
    と、色々と言いたいことはありましたが、最終回を観た後、まぁいいかという気分になりました。それでも作り手たちの言いたいことは伝わったので。
    エリシオの言葉をしっかりと受け止めて世界に旅立ついちかに、十分な誠意を感じられました。去年は話を聞かず無慈悲に彼方遠くへ吹き飛ばしてたことを思えば雲泥の差です。意見が違えど理解しようと努めることは大事。理想かもしれませんが、子供たちにはいいメッセージだったと思います。

    とはいえ、主要スタッフ三役がゴープリと被っていたので期待したのは確か。
    初期設定盛り過ぎ、スイーツ縛りした上での不自由さとか、不利な面も否めないですが、やはり最後はSDの差かなぁと。
    オーケストラで言えば指揮者ですからね。奏者達は一流でも、指揮者によって音楽は変わりますから。もう少し何とか出来なかったのかと。OPのジュリオ、ホント許されないですよね。その些細なことからでも、SD二人の限界を感じられます。

    結局文句になりましたが、真摯に作られていたことは素直に評価します。
    一年間お疲れ様でした。

    ていお様も感想が書きづらい時があったかと思いますが、一年間お疲れ様でした。プリキュア感想第一人者として次もよろしくお願いします。

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    1. >ていお様も感想が書きづらい時があったかと思いますが

      そういえばありましたね。今やすっかり忘れていましたが。
      思ったことを賛否問わず100%語ることができた本作は、私個人的にはとても心にやさしい作品だったと思います。

      お気遣いありがとうございます。

      削除
  7. ブラックフレア2018年2月2日 11:08

    OPのジュリオ放置ですが正直あそこから大きなバトルへ転換するフラグだったのでむしろ良いくらいに感じてましたが、ていお先生、手厳しい。
    シナリオ・センターに通うなどしてプロの脚本家としてデビューして欲しい程に。

    物語全体の評価ですが「大好きが一番のマストアイテム」を貫き通し素晴らしいと思います。
    「大好きへの徹底対策」として皆の目の光を消し去る展開を作り出すとは…。
    正直大の大人の俺が怖かったですが、テーマはしっかり貫き通し、素晴らしい。

    つまり「やりたい事は全部やる」タイプの作品で、細かい整合性はまずゴミ箱へ捨てる。

    ただでさえスポンサーの注文でキャラが増えやすいプリキュアシリーズです。
    前提を「整合性は捨ててやりたい事は全部やる」作品として評価するとこれ程の神アニメはありません。

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    1. >シナリオ・センターに通うなどしてプロの脚本家としてデビューして欲しい程に。

      ううっ・・!すでに一応プロの作家なんですけどね。(´;ω;`)
      ま、同人とアンソロばっかりだからしょうがない。

      それに、物語にそぐわない絵に疑問を持つのは作家でなくても持ち得る感情ですよ。

      >大きなバトルへ転換するフラグだったので

      ならばあのプリキュアが出しているビームは
      「今や味方になっているはずのリオ君」に向けていることになってしまいますよ。いいんですか?(゚ω゚)

      私は納得できないなぁ。

      削除
    2. 最終回を観て、なかなかいい作品だったと思いました。
      あたり前のことかもしれませんが、スイーツという
      「一貫したテーマ」があったのが良かったですね。
      スイーツを通じて、成長や絆が描かれていた
      (完璧ではないかもしれませんが)。

       何がしたいのか分からない作品は、観ていて気持ちが
      浮いてきませんので。

       不満を一つ上げると、ノワールがどうしてあのような
      行動をするに至ったかが、あまり明確に描かれてないことです。
      想像できなくはないですが、はっきりとしない。

       主人公をどれくらい応援できるかという要素の一つとして、
      「何に立ち向かっているか」というのがあると思います。
      それが大自然でも戦争でも何でもいいですが、
      そこが明確だと応援したくなります。

       しかし、私はノワールの動機がよく分からなかったので、
      終盤の戦いでプリキュアを応援する気分が
      あまり起きませんでした。そこが残念でしたね。


       OPのジュリオについては、しいて言えば手が回らなかった、
      でしょうか?考えにくいですけど。

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  8. ネタだとしたら大きいお友達しか喜ばないので違うとして、罪は消えないというジュリオ氏の意思ということですかね?

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  9. 色々な感想を見た結果、結局のところ、キラプリは男性の方には少し共感しづらい作品だったのではないかと。

    ・ゆかりの心情や考え方
    ・ノワールがあの行動に至った理由

    特にこの2つについて、理解できるかできないかでキラプリの評価は大きく変わってくると思います。

    ゆかりというキャラはとても女性らしい"女性"の考え方や持っており、それが大きく表に出た25話は男女で大きく感想が違いそうですね。
    当時のTwitter等を見る限り、本来の視聴者層である女の子達には大変ウケたようで何よりです。

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※意見交換の際にややこしくなるので、匿名での投稿はご遠慮ください。
なんでもいいからHNを名乗って頂けます様お願いします。

匿名でのコメントは削除します。

※投稿が反映されるまでには時間がかかることがあります。