2018年6月4日月曜日

HUGっと!プリキュア 第18話「でこぼこコンビ!心のメロディ!」

脚本=坪中仁文
演出・絵コンテ=宮元宏彰
文字数2372

「心がいっぱい」の20分でしたね・・

一方でどうしても引きずってしまった引っ掛かりがあって
素直に「最高!」に投票することは出来ませんでした。

今回はいいところを語る前に不満を語ってしまいましょう。
▲投票結果はここから見られます。





うん。

坪田さんらしいというか。


ここは贖罪・禊のパートですが、
赦しの理屈は


この時と同じ。

「君は確かに悪い事をした。けど、分かって反省してるならもういいのだ!」

という考え方。



絵の雰囲気の良さもあって納得しかけてしまいますが、


 「(おかあさんがゆるしてくれたのは)ルールーが大好きだからに決まってんじゃん!」
と言われましても。

おかあさんがルールーを理解する、好きになる動機なんて、
それを察することができる表現なんて過去にありましたかね。


この絵をやるなら、
「お母さんがルールーの身の上を知り、ルールーの想いを理解する」

という過程が無くては共感が出来ませんし、
「お母さんの偉大さ」も描けないと思います。


脚本家は話を急ぐあまり、
この展開を「お母さんの器のでかさと理解力のよさ」に
頼り切ってしまったのだと思います。

(「今回のお話でやりたいのはここじゃなかったから急いだ。」
というのは分かります。
けど、それで「じゃあいいや」とはならないでしょう。
心は機械ではないんですから。)

※  ※  ※

このパートはフレッシュプリキュアの、「せつなの救い」のセルフオマージュ。

・・・ですが、残念ながらそれをチープにした劣化コピーにしか見えません。

オマージュに手を出すという事は、「比べられてしまう」という事です。

オマージュやるならキッチリ本質からなぞってほしかったし、
中途半端になるならやらないでほしかったな・・と思います。



「失敗してもやり直せる。」

という比喩にこのアイディアは上手い。とは思いましたけど・・

「フレッシュと比べちゃう」とね・・


フレッシュプリキュアを知らない人ならあるいは
そういう雑念なしに感動できたのでしょうか。


※  不満はここまで  ※





今回の「物語」は

「自分に心が無い事に悩み苦しむルールーが、自分の心に気付く」物語。

その中で

ルールーに元気になってもらいたい、そのためにどうしたらいいか考えるえみると

そんなえみるにアドバイスとエールを贈るはな

自分の経験談をもとに、「心とはどんなものか」を語るさあや


ルールーを軸にして、人への想いが折り重なっているようで
とてもいいですね。

その過程でほまれとさあやが久々に自分の夢への活動を
見せてくれたのも上手いです。


※ほまれのスケートは「心を考えさせるきっかけ」にはなりましたが
「ほまれらしさ」は物語に関わる事は出来ませんでしたね。

それもそのはず、ほまれは「らしさ」というほどのものを
ここまでに見せることが出来ていないのですから自明の理なのです。

ここまでに「フィギュアスケートを介しての
ほまれなりの哲学」が描かれていたなら。それをこの物語に
絡めることは出来ただろうにな、と思いました。




「自分は機械人形。心が無い」

それを自覚させる、かつ「ギターと歌が好きになる」ように仕向ける
アイディアとして「歌のテスト」というイベントを作ったのは
一石二鳥のアイディア。うまい。



ここのお兄さんの登場は、
えみるに躊躇を与える良~いアクセントになってましたね!

「家じゃ弾けないからはな先輩の集会所に来た。」
という話にできるから進行も自然になりました。

おほほほほ(´∀`*)

本当に、仁さんらしい分かりやすさ!


クローズさん、エリシオさんを彷彿とさせる
打ちやすいド真ん中ワードですね!!!


これ。


これが、


こう。




ここでのコントが、まさか前振りだったとはね。

この時に拒絶していたからこそ、

この絵がより引き立つんですよね!


いい表情だなぁ‥(´∀`*)


今回、ルールーに心と希望を与えたのは、
えみるとはな達の「心」です。


「想う」絵。
今回は色んな人物のそれが沢山みられました。






「贖罪・赦し」のパートにモヤモヤしてた私も、
この心たっぷりの内容は「良い感じだなぁ・・」と
感心しながら見てました。

うん。いいドラマに勢いをつける、
カッコイイ演出だと思います。

歌詞もメロディもステキ。

友情の始まりとともに、二人は更に歌が好きになっていくんだろうな。
なんてことを考えてしまいますね。(´∀`*)

さあやが地味に、いい活躍をする回でもありましたね。

物語に沿った歌詞は、坪田さん自身が書いた。というわけですか。


・・うん。素敵なコンビの誕生だと思います。

この結果に至る過程の描き方には、文句ありません。



しかしそうであるがゆえに、初期の3名がキャラの魅力や印象・思い入れで
この二人に食われてしまうんじゃないか?

という不安を感じてしまいますね。

私には、えみるが はな の上位互換のように想えてきました。

(5人全員やり損ねた、なんて結果になるくらいなら
ずっとマシじゃないか、とも思いますが。

このままだとほまれとさあやが あおい・ひまりん枠
になりはしないかと考えちゃいます。)

※  坪田中さん  ※

脚本家の名前は連名にすれば済むものをわざわざ
アソビを入れた、という事は何かこだわりがあったか
あるいは脚本の出来に手ごたえを感じておられたのでしょう。

たしかに、
田中仁さんらしい物語の組み立てと
坪田さんらしい言葉選びが見られて
これは二人がフュージョンした作品のようだなと思いました。

私は正直そういうのは(検閲により削除)と思いましたが、こういうところから
「制作現場はノリノリなんだろうな」と想像できる訳で、
そういう意味では悪くないのかもしれませんし、
事情を知らない私がいちいち噛みつく事でもないと思います。



※  画像でコメント  ※

結構重めの話になりがちだったからこそ、
絵の「楽しさ」には気を付けていたのでしょう。

こういうアソビも結構楽しかったですね。

これ・・大人は人造人間がどういうものか想像がつくから
ギャグとして成立しますが、

子供には何が起きてるか分からないんじゃありませんか?

今回は特に、キメの表情が心に刺さるなぁ・・
と思いました。(´∀`*)

(「満足」に投票)

17 件のコメント:

  1. 15話から続く、えみるとの交流を中心に
    心について十分に理解できずに苦悩するルールーを描きながら
    次なるステップへ進むための清算であったり、着々と布石を打ったお話。

    思い返してみても、今回が一番心を動かされたお話で
    今回こそ「最高」に票を入れることができました。

    変身シーンを全カットし、EDまで物語に組み込むなど
    番組フォーマットを変更し、時間をこれでもかとやりくりしてまでやり切ったのは
    ここは、何を置いても描くべき要素を描き切る必要がある重要な回だからなのでしょう。
    プロデューサー含め、チーム全体で「この話を作るんだ」という熱の強さを感じました。

    脚本に「坪中仁文」と敢えてテロップ打ったのも
    連名で出す以上の想いが出たものだと、私は素直に受け取りました。

    15話で2人の関係性をしっかり描いたからこそ、今回のお話が引き立ち
    それでいてルールーと えみる を話の中心に据えながら、はな達も良い位置から2人に関わる。
    終始キャラクターの感情が流れていて、それでいて上滑りせず説得力があったのは
    15話の濃密さがあったからこそですが、描く要素が多くて密度が薄くなってしまっても
    配置することだけは怠らなかった事も大きかったのではないかと思いました。

    ルールーは、心について苦悩し、えみる の真っ直ぐな心を羨む。
    えみる は、ルールーに自分のプリキュアイメージを重ね憧れつつ
    真っ直ぐな心でルールーを心配する。
    「あなたにできないことが私にはできる」のワードがここでも生きていて
    そこはブレなく描かれているなと思いました。


    【はな の母への対応】

    はな の母を洗脳していた事に関する対応については
    若干の強引さや「お母さん寛大だなぁ(苦笑)」とは思いつつも
    彼女をあまり責め立てるような真似は見ている側も気分が良くないですし
    描く主旨を考えたら、あのくらい一気に持って行かないと解決も難しかったと思います。
    何より、ルールーの気持ちは良く描かれていたので、私はこれで良かったと思いました。


    【ルールーの心の描き方】

    ルールーが心について何かを感じる時、そこに
    ルールーの心を動かす分かり易い出来事をいくつも配置している配慮が良かったです。

    やはり感情を大きく動かす時には、その前に凹ませ、悩ませ、気付かせ・・と
    重ねることで厚みが生まれ、感情移入しやすくなったと思いました。

    えみる が、『プリキュアの中の人』の人となりを知ることをダシにして
    さあや や ほまれ の様子から、ルールーに心について想起させるやり方も自然で

    ルールーは「心が分からない」と悩みつつも、知らず、随所で感情を溢れさせており
    「考えすぎて良いお芝居ができなくなる」「何も考えなくても想いが湧き出してくる」
    と、さあや が自分の悩みや経験に照らしてアドバイスする展開は上手いと思いました。

    演出としても、時計(やその音)を印象的に使うことで
    時を止めて未来を奪う側だったルールーの心の変化や戸惑いを上手く描いていたと思いました。


    【はな の強み】

    一方、スケートの実力者である ほまれ、大女優の娘で、自身も役者の さあや と比べて
    ドジで大した特技も無く、歌のテスト練習でもイマイチで、一見パッとしない はな だけど
    ルールーに元気を出してもらいたいけど自身が持てない えみる に対して
    「大事なのは、えみる の気持ち」とエールを送り、お姉さんらしさを見せる。

    はな のエールは、直接相手の問題を解決したりと実効性があるものではない。
    しかし、えみる は はな のエールに「適当」と言いつつも、勇気付けられ涙する。
    そこには はな の温かい気持ちが流れているからであり
    それこそが はな の強みであることを、地味ながら示していると思いました。


    【余談】

    >子供には何が起きてるか分からないんじゃありませんか?

    映像から考えて、私には逆に、人造人間が分からなければ、それはそれで何が起きているのか
    子供達それぞれが想像して楽しめるように演出したのでは?と思いました。

    返信削除
  2. 非常に優れた名作回だったと思います。
    まず母親がルールーを許したシーン。
    本来なら、洗脳された事をすべて思い出した時点で、不審人物以外の何者でもないルールーを、その場で許すという行為は「有り得ない」の一言に尽きます。
    何よりルールーが、はなの家族達と共にいる間、周囲に好かれるような、一般的な行動を一切取っていない点、これでルールーを許すのは本来なら異常なのではと感じます。

    ですが私は、はなとはなの母親がルールーに見ていたものは、プラスもマイナスも何も無い機械人形のルールーという媒介を通した上で、自分の母親を、娘を、お互いに見ていたのだろうと感じます。
    更に、単なる計算機に過ぎなかったルールーに感情が芽生え、はなの母親と対面し、最初に発した言葉が「ごめんなさい」であったのならば、記憶を取り戻した母親としては、機械の様に無機質なルールーの行動を加味した上で、それでもルールーの内側に眠る「善悪を判断できる感覚」と「己が罰せられる事を覚悟で謝罪を口にした思い」を娘が感じ取っていた事に心動かされ、娘に対する信頼と、娘の信頼を勝ち得たルールーの人間性を認め、これに許しを与えたのだと考えます。

    はなの側からすれば、出会った当初は「母親が認めたルールーだから仲良くなれるに違いない、家族に値する」という絶大な母親に対する信頼からスタートし、やがて機械仕掛けのルールーの中に「美味しい物を食べれば心が動く素直な感情」を見つけたり「赤ん坊を愛でる優しい表情」を見出したり、些細な事の積み重ね(少ないんですが)の中で、得体の知れないルールーの人間性を自らの手で知ろうとした努力の末、「冷たく見えるけれど実は優しさを認識できる子」という判断に至ったのだと感じます。

    「良く解らないけれど何故か母親が認めているから仲良くなれる筈の子」から、「私が認めた、私しか知り得ない良さを持つ、私の友達」になったのですから、これはもう友達だと思って良いのではと感じます。
    この辺りの感覚は、サン=テグジュペリ著「星の王子さま」に登場したバラ……酷く我侭で距離を置こうと思っていたけれど、自分自身で育て自分が愚痴を聞いてあげて自分が尽くしてあげたから、やっぱりキミは僕のバラ、という……に対する王子の感覚にも似たものではと考えます。
    子供の頃の感覚なので、私としても少し虚ろな感覚なのですが。

    そして何人もの方が感想の中で記述されていた、ルールーのエピソード=イース・エピソードへのオマージュ、という話題なのですが。
    私は、イースとルールーは、人間性がかなり違う上に、その身に抱えていたものが根本的に違う為、形だけはセルフオマージュの様であっても、まったく違うエピソードだと感じます。

    絶対の忠誠心を持ち、自らの意思で命を賭け、例え命尽きてもプリキュアを倒すと誓い、全身を苦痛に苛まれながらでも絶対悪の道を突き進み「笑顔など虫唾が走る」と吐き捨てた漆黒のヴィランがイースです。
    この絶対的なヴィランとの和解、そしてヴィランとしてのけじめとして、ボコボコの殴り合いは、やはり必要な禊だったのだろうと感じます。

    それに対してルールーは、クライアス社がサンプルとして試しに作った(恐らく量産には至ってないでしょう)、善悪の判断も無く、良心の呵責も無く、事実を事実として受け止めるだけの無機質無感動な人型電子計算機であり、はなやはなの家族、ほまれ、さあや、えみると出逢って初めて自分の感情が動く事に気づく様な、生まれたての赤ん坊の様な人物に過ぎず、ここに重い禊を科すのもどうかと思えます。

    イースの行っていた悪事が、己の意思と存在意義を賭けた絶対悪だったのに対し、ルールーが行っていた悪事は、所有者の不始末から来る事故の様な物です。
    確かに悪いんですが、持ち主が悪いと考えても差し支えない程、初期のルールーは単なる道具であり機械でした。

    ヴィランの矜持を胸に悪の意思を通そうとしたイースと、自分の感情の揺らめきにすら対応できずにフリーズしてしまうガラス細工の様なルールー、これはもう同じロジックを用いての解決は不可能だと感じます。
    故に、持ち主の扱いの悪さから壊れ掛け、周囲の言葉で漸く赤ん坊レベルに辿り着いたものの、ボロボロで繊細過ぎるルールーに対する態度は、はなの母親による赦しのハグ、これが最適だったと確信する次第です。

    そして、えみるとのエピソード。
    ルールーと絡む一連のエピソード全てが非常に秀逸でした。
    何故、はなやほまれ、さあや、ではなく、ルールーとえみるなのか、そしてなぜこのコンビが、他を圧倒するほど輝いてしまったのか、という点ですが。
    私はルールーを前述の様に、赤ん坊と見立てて視聴しています。
    どれだけ流暢に会話しようが、計算が出来ようが、思考力が高かろうが、己の感情の揺らぎに対応出来ず、グズグズと愚図るのは完全に赤ん坊です。
    ですが、はな、ほまれ、さあやは、やはりある程度大人であり、ルールーの外見と今までの行動から、ルールーに対する認識は「困っている女性」というモノになっていると感じます。

    ですがえみるだけは小学生であり、年齢的な前提に囚われず他人と関われるギリギリの年齢にあり、同時に考え方や行動が特異でもあったりと、全てをフラットに受け止められるキャラとして作られていると感じます。
    故に大人の外見と思考力でありながら赤ん坊の内面を抱えるルールーと正面から、同じレベルで付き合う事の出来る友人として、非常に美しく機能しているのだと思います。

    今後、はな、さあや、ほまれの三人は中学生の姉達、そしてルールーとえみるは年下の妹達……の様なグループになるのではないかと思う次第です。

    そして特殊エンディングが素晴らしかったです。
    非常に素直な、シンプルで子供らしい素敵な歌詞内容だったと思います。

    疑問点はゼロとは言いませんが、これほど美しい仕上がり、文句ありません。
    最高と思うに足る作品でした。

    【追記】
    ルールーがアンドロイドである証拠をえみるに示すシーンですが。
    あの丸い光線の走り方でSF感を煽る手法、私の記憶違いでなければ「未知との遭遇」のパロディなのでは、と思ったのですが如何でしょう……もちろん子供には判らないのですが。
    音楽を媒介に友情を育むといった方向性も、一応一致してますし(無理矢理)。

    返信削除
  3. >初期の3名がキャラの魅力や印象・思い入れで
    >この二人に食われてしまうんじゃないか?
    友人のお子様の話ですが、その子はキュアアンジェが大好きだそうで、メイン3人(特にキュアアンジェ)の出番がほとんどないここ数話は非常につまらなそうに視聴しているそうです。

    逆説的に言えば、一度キャラに思い入れを持ってもらえれば、
    後からより魅力的な魅せ方をするキャラクターが現れても大丈夫なのでは?とも思います。

    また、今回の特殊EDについて、楽しみにしていたEDのダンスがなかったおかげで棒立ちで見ていたとも語っておられました。
    (ゆえに、娘を悲しませる結果になった今回の特殊EDについて、父親である友人は非常に憤っておられました)

    ついでに言ってしまうと、ここでは非常に評価の高かった15話16話についてもその娘さんの興味関心は薄かったそうで、
    父親である友人が言うには「ルールーはまだ「悪い人」だし、えみるに関しては「…だれ?」って感じなので興味を持てなかったんだろう」との事です。
    これについてはまた今後変化があるかも知れません。

    あくまで個人の一例で伝聞の伝聞ですが、こういうお子さんもいるよという事で、不満ばかりの文面になりましたが、参考までに。

    返信削除
  4. プリアラ2話演出なども担当した宮元氏演出だけあって良い雰囲気の回ではありますが・・・
    心がないとルールーは悩んでいますけど先週泣いてたじゃないですか
    おかしくないですか?
    誰もおかしいと思わないんですか?
    なんで歌のシーンだけが唐突にロボロボしくなるんですか?
    はなたちはルールーの涙を知ってるのだからルールーの悩みに対して理性的に介入できるはずです
    なのに苦しむルールーにそのことを教えてやらない態度でいるのは奇妙な上に薄情に見えます
    特にはなは今週ルールーの悩みに対して何も関わっていませんし
    えみるに対しても感情論で自信持てと言ってるだけ
    大丈夫だよ。ルールーにはちゃんと心があるよってなぜ教えてやらないのですか
    えみるが足踏みする理由も含めてはなたちの態度は理解が出来ません
    悪い意味でご都合主義
    丁寧な作りとは言えません

    返信削除
    返信
    1. 初めまして、シケバロと申します。

      ルールー曰く「心がない」という言葉ですが、詰まる所これは「心の有り様が判らない」「己の感情の動きが把握しがたい」という意味だと考えられます。

      涙を見せ、思い悩むルールー見た時点で、テレビの視聴者もはな達も「ルールーには心がある!」という共通認識を持っているのですが、当のルールーは先週、感情の動きや心の揺らぎを「バグ」として捉えていた程、心の存在と有り様に疎く、故に「心がない」という表現になっていたのだと思います。
      はな、さあや、ほまれの三人は恐らくはっきりとルールーに心と感情がある事は理解出来てはいるものの「心の有り様に悩む」という、禅問答の様な問いに最適解を与えるにはさすがにまだ幼く(恐らくよほど心理に精通した人物でなければ難しいかと)、故に、理由は無くても心が動く「音楽」を以って「ルールーの胸の内から湧き上がるものが心であり、その開放が感情である」と、言葉では無い方法で解を与えた、というのが今週の話だったと思う次第です。

      えみるの悩みに関して言えば、主役三人がアドバイスできる範囲を超えた問題であると考える次第です。
      家格の問題、家風の問題、自分達が親に大切に育てられていればいるほど、えみるの明るい性格を見てその親の有り方を推し量り、恐らく正しくえみるを育てたであろう親の方針を全否定してまで「己を貫け」ともいえず、さりとて「親に従え」ともいえず(兄の存在は知らないはずなので)、ならば「頑張れ」以外に行状は掛ける言葉もない……という事なのでは、と考えられます。
      という様な感じで、如何でしょうか。

      削除
    2. ガッカリダー2018年6月4日 12:11

      正直ルール―の歌の唐突なロボらしさは違和感があっても当然だと思いました。
      先週あれだけ感情の乗った演技を見せていたので尚更です。この流れだと単に「歌い方がまるで分かっていないだけ」に見えてもおかしくないのではないでしょうか。そう見ると、見当はずれな悩みを抱くルール―にどうしてはっきり「悩む時点であなたには心がある」と言ってあげないのかという気もします。

      まあ、自分はここ最近のプリキュア三人を「あまり活躍され過ぎても現行メインキャラが困る前作主人公組」のように見ているので期待から来る失望にも熱意ある擁護にも共感出来ないのですが……。もうえみるとルール―のお話にすればいいんじゃないかな。
      プリキュアに限りませんけど、シリーズ物って過去作知らない方が楽しめるのかもしれませんね。どうしても過去作の一番良い所と比べてしまいますし。でもそれってシリーズ物ぜんひて――

      削除
    3. いくら心が既に有ると言っても、まだルールーには自覚・納得出来ないでしょう
      機械的に言うと心という装置・ソフト・臓器はどこにあるの?と

      彼女(OS)にとって心というアプリが制御下に無い事に混乱しているのでは?
      逆に言えば人間は心というものを自分で制御出来ていると思っていたのでしょう
      ゆえに単に「歌う」というアプリを起動するとボーカロイド
      なかなか面白い表現だったと思いますよ

      削除
  5. プリキュアは幼児向けアニメと諦めている私などは、不満点は脳内で補完してしまうのです。

    ゴープリではノーブル学園の園長先生が見も知らぬ異国の少女を甘味処に誘って何やら人生訓を垂れた上で
    その出自も詮索せず保護者の有無も確認せず学費等も高額であろう全寮制のノーブル学園にタダで入学させました。
    となれば、園長先生はホープ・キングダムに知己がいるか、怪物と戦うプリキュアたちの正体を察していたか、
    いずれかであろうと容易に想像できますが、老練な園長先生は最終回まで自分が事情通であることを隠し通しました!
    そうです! 園長先生はトワの正体を知っていたにもかかわらず、そんな素振りは微塵も見せなかっただけなのです!
    園長先生の行動に何も矛盾はないのです…ないのですよ…(遠い目)

    おかあさんがルールーを理解する、好きになる動機が無かったですって? そんなこと造作もありません。
    ルールーは目を見た人間に偽の記憶を注入する能力があるのですから、本当の記憶も注入できるのです、一瞬で!
    自分が未来から送り込まれた人工知能アンドロイドであることから、野乃家に潜入した目的から、
    はなたちと交流して心を持つに至った経緯から、いまは反省しているという現在の心境まで、詳細に!

    野乃すみれ(こいつ…直接脳内に!)

    全てを理解したすみれさんがルールーを許し、野乃家に受け入れたことは不自然でも何でもないのです…(遠い目)

    返信削除
  6. ララライバー2018年6月4日 18:05

    今回は満足に入れました。ルールーとえみるの友情の形成の過程は主人公3人よりもずっと納得できる内容でした。話も複数の軸が存在するわけではなく、とっ散らかってなかった分見やすく感じました。

    ルールーの心がある無いかという話は前回で終わった話では?と思いましたが、今回は感情を自分の意思でどう表現するかという切り口に違いがあったので、ルールーが自分の心を自覚する話だと受け止めました。最後に何でルールーが急に歌えるようになったのかということも見ていて特に違和感はありませんでした。
    ハグプリの脚本(特に坪田さん担当回)はアニメの脚本の書き方というよりもドラマ寄りだと私は思っていて、過程の描き方や話の構成の仕方に「ん?」となることもありますが、演出がちゃんと脚本の意図を読み取り最適な出力ができるのなら作品の持ち味になると思います。問題は複雑な心理が見ていて自然に伝わってくるかどうかは演出家さんの力量次第ということになってしまうところですが……(むしろ演出がいつも同じ人じゃないから、アニメの脚本家は誰が演出をつけても分かるように心理描写の書き方には工夫がいる、といった趣旨の内容が昔のアニメシナリオの教科書に書いてあったような気が)

    前回の内容に戻りますが、前回のはな達の最初のシーンは時系列的にはルールーが回収された日の翌日だと思われるので、ルールーが少なくとも1日は野乃家に帰らなかったはずなんですよね。ルールーがパップルに回収された後、はなが家に帰ったのか、それともそのままハリーの家に泊まったのか分かりませんが、この行間部分に野乃家がルールーが帰って来ないことに対する反応が描かれているはずなんですが、今週の冒頭部を見て、やっぱりその描写はあったほうが良かったのではないかと思いました。何で野乃家がわざわざ公園まで迎えに来たのか、どんな気持ちで迎えに来たのか。この辺りははっきりと伝わってこなかったです。話を急いでいることによってこういう部分で割を食っているように感じます。まあスタッフの中ではそれほど重要ではないという判断なのでしょうが。

    あと、えみるって別にはなのことを高く評価していたわけじゃなかったんですね。普通にキュアエールではないはなのほうもリスペクトしていると思っていたので、ちょっと意外で面白かったです。

    返信削除
  7. ていおさんがほとんど書いてくれましたが
    母親の行動については、納得のいく行動では無かったですね
    せめてハナのフォローが有れば何とか納得行く事が出来たかもしれませんが

    桃園あゆみママのように出会い~ラブの説得~再会~せつなの言葉「自分は幸せになってはいけない」~ママのフォロー

    その過程を短絡してしまっては、この人は催眠術で騙されても平気なんだと思ってしまって何か異常を感じてしまいました

    今後の展開の都合で話を端折ってしまっては、本当の家族には成れないんじゃないんでしょうか残念ですねぇ

    返信削除
  8. 良かったですねぇ!!

    最初のママ洗脳の件はあれぐらいがちょうどいいと思います。
    せっちゃんの物語はクオリティが高すぎますって、
    アレに並ぶ物語を作る方が難しいですよ…

    それよりも、今回の「心」の描写はかなり充実してましたね。
    改めて「ルールーとえみるって良いコンビだな」と思いました。
    15話の時といい今回といい、この2人が製作側に愛されてるのがよく分かりますね。

    あと関係ないですけど、
    チャラリートさんは今のルールーに会ったらどんな反応するんでしょうかね?w
    ちょっと見てみたいですw

    返信削除
  9. 普通…そう、普通の家族、普通の親友
    果たしてルールーはココに書き込めるようになるのでしょうか(ロボットじゃないよアンドロイドだよ?)

    母親の件はプリキュアが秘密な以上説明しようも無いし…
    で、カレーですが、「これうちでは普通だけど?」(カレー粉とケチャップは最終兵器)と思ってから
    お客様用ではなく、失敗リカバリーをルールーに出す意味に優しさ・暖かさを感じました
    歓迎会では「特別」だったわけですが、今回「普通」の家族になったわけですね
    元々はなの家では失敗前提で色々やって、ちゃんと家族でフォローする家庭なんじゃないですかね

    えみるとルールーの交流の積み重ねは素晴らしい描写に繋がりましたが、
    もう今回ふたりはプリキュアになっても良さそうなくらい、EDの歌も本当に特別で感動しました
    反面、やはりはなの役割がえみるに持って行かれた形で、ちょっとはなにもテコ入れして欲しいですね~

    えみるの兄の描写は普通に妹の様子がおかしいので、心配なのかなとも思いました
    お茶を入れて、というのは蒸らす時間で話がしたいのでしょう

    余談ですが、子供たちの望む構成・描写じゃない、興味が無い、という場合もあると思います
    プリキュアを子守の道具にするのもいいですが、子供の心を見る足しにするのも良いのではないですかねぇ

    返信削除
  10. 今回は厳しめに差し引きゼロに入れました。(前回も差し引きゼロですが)

    まず、えみるとルールーの絡みは良かったですね。同居してるはなよりよっぽど友情を感じました。過去たった一度の絡みしかないのに、かなりの説得力を感じられます。改めて回数より内容次第なのだなと。

    しかしながら、ていお様の意見同様、はなのお母さんのパートは非常に頂けない。個人的に、まほプリ以来、実に都合のいい親を観た気がしました。

    確か今作のテーマは育児(とお仕事)。お母さんの魅力を伝えることでもあったはずですが、作り手が考えるお母さんて、こんなものなのでしょうか? 非常に薄っぺらいものを感じます。と同時に、最近育児はどうなっているのか? はぐたんを愛でる程度で、何の育児もしていない。世話はイクメンハリーに任せっきりのご様子。テーマを掲げておいて、それでいいのですかね?

    特殊EDを使用してみたり、作詞してみたりと色々アイデアが溢れてそれどころではないかもしれませんが、どうも一本芯が通っていない気もしますね。SDとシリ構の方は。

    そういや、ようやくほまれのスケーティングが観れましたね。一応やってますとの最低限のアピールでしょうか? さあやも然り。この二人、影薄くなってきてますが、今後大丈夫なのでしょうか?

    概ね好意的な特殊ED。尺が足りないと言うわけでも特に重要回でもないのに、なぜこのような演出をされたのか? 

    一見、いいお話でしたが、色々疑問不満も積もるそんな回でしたね。

    返信削除
  11. 18話の時点ですでにえみる&ルールーのコンビはメイン3人を食っちゃってますよね
    えみるがはなの上位互換というのも間違いないと思います
    友達想いで教養があって絶対音感なんて努力では手に入らないものを持ってるんですから
    小学生&アンドロイドというのも、本編の縦軸でもギャグ表現でも動かしやすいから強い
    これだけキャラが立ってると脚本の細かい粗も踏破できちゃいますからね・・・
    変にリアル路線のキャラ付けをしたメイン3人は、この強烈な個性のコンビに勝てるんでしょうかw

    返信削除
    返信
    1. あと、やっぱりお母さん洗脳解除からのくだりは事前の描写不足だった気がします
      10話で「仕事でつまずくこともある」の部分も、11話ではなを慰める描写も、
      とにかく「母はすごい」っていう記号のために事前の流れを歪にしてしまった
      お母さんはひたすらいいこと言ってるんだが、心に響かない、腑に落ちないというか
      今後、お母さんがこういう「都合のいいシナリオイエスマン」にならないか心配です

      削除
  12. あおりんご2018年6月10日 1:31

    はじめまして。
    プリキュアは今まで割とのんきに見てたのですが、
    見方次第でまた面白くなるものなのですね。
    遅ればせながら、気になったことをいくつか書いてみます。


    経験と感情のこと
    テストの課題曲「丘をこえ行こうよ」は第9話のサブタイトルでもありましたが、
    その回、ルールーだけは登場していません。(パップルさんまでハイキングしてたというのに)
    経験のないことを表現するのは、生身の人間でも難しいことですから、システムエラーに陥るのも無理はないのかも。

    ルールーはエミルと出会うまで、会社・プリキュア・家族といった集団との関係が先立ち、
    純粋に個人として向き合う人物がいなかったように見受けられます。
    ところがエミルとの出会いは、「偶然」という何の役目も負わないものでした。

    それから次第に「観察者」から「当事者」になり、自分の人格が見出され始めたことで、
    他ならぬ自身の感情が湧き出し、堰を切った(「時計破壊」に象徴される)ように
    心に響く歌を歌えるようになったのではないでしょうか。


    母の愛のこと
    前回はなが「騙されたと思ってないから・・・」と言葉で答えたのは、前提にのすり替えに過ぎませんが、
    今回の「母は黙ってハグ」という応え方となると、理屈では太刀打ちできません。
    (ソードではダメ。まだまだはなは、なりたい自分にはなりきれていない)

    これまでの展開には私も正直、唐突で置いてけぼりをくったような印象をうけました。
    ただもう一度見直してみると、ルールーの「理解不能」が「よくわかりません」に変化しているようです。
    これはちょうど、理屈っぽい視聴者である私の理解度と対応しているともとれます。
    これが進展の兆しだとすれば、この謎は今後徐々に解き明かされてゆく、根の深いテーマなのかもしれません。
    たこ焼き屋のオヤジの例もありますが、うやむやにならないことを期待します。


    以下蛇足
    ところで、「黙ってハグ」をした人物がもう一人いましたね。そうです、ほまれです。
    彼女はすでにスケートで実績を出しており、ちょっとした有名人、
    声が低めで雰囲気も大人っぽく、他の少女たちよりも一歩だけ成長が進んでいるように見えます。
    そんな彼女の変化(どうも恋らしい)をいち早く指摘したのはルールーでした。
    ルールー・アムール。なぜ愛の名をもつのか気になってWikipedia先生に尋ねると、
    エロース(=アムール)はプシューケーの両親を騙してプシューケーと同居した旨が書かれています。
    たまたまかも知れませんが興味深いです。
    アムールが許された、ということで、恋の表面化にGOサインが出たのかもしれません。
    台所ではなの母親の記憶を操作したとき、ルールーは指先から光を放ちましたが、
    今回、目と目を通して行われたことは意味のないことではないと思います。

    返信削除
  13. シナリオン2018年6月10日 19:48

    今まで悪役敵役として関わってきたキャラクターが、こんな簡単に正義面して良いのか?
    はなの感情(我が儘)さえ通っていれば、全て許されるのか?

    ルールーを仲間にするのが規定路線だったのなら、そこから逆算して物語を組み立てなければいけないのに、
    ルールー対野乃家、ルールー対はな、ルールー対さあや、ルールー対ほまれ、ルールー対えみる……それぞれの感情のドラマを描いて積み立てておかなければならないのに、
    その前段階で、ルールー対プリキュアのお互いに敵としての意識を持たせておかなければいけないのに、
    それらがまるで出来ていない中、お母さんが簡単に許しちゃうってのは、作劇としてあまりにも雑で稚拙だったな……としか言いようがない、予想していた以上に酷いルールーの禊ぎでした。
    一言で言うと、フレプリをバカにしてんじゃねーよ! ってところでしょうか。

    ルールーとエミルの友情に関しては、まあまあ良かったと思いましたが、
    上記の不備を誤魔化すように最後に歌を唄って、『ほら、感動しただろ?』と言わんばかりの演出には、
    軽くイラッともしましたが。

    返信削除

※意見交換の際にややこしくなるので、匿名での投稿はご遠慮ください。
なんでもいいからHNを名乗って頂けます様お願いします。

匿名でのコメントは削除致します。

※投稿が反映されるまでには時間がかかることがあります。

ていお亭・イベント参加情報

日時 場所 イベント名 配置番号 新刊 8/11 国際展示場 C94土曜日 東M-10b 〇 9/23 国際展示場 僕らのラブライブ20 申込予定 〇 10/7 アクアマリンドリーム4 検討中 ■ てい...