2018年7月10日火曜日

はなの「強い言葉」からあなたは何を感じますか。

はな が強い言葉を使っている事に違和感を覚える方が居るようですね。
私もその一人です。

そこに作者のどんな狙いがあったのかは今回の

▲この描写で明らかになったと思います。



つまり
「自分が正しいと信じたものなら信じ抜きなさい、自信を持ちなさい」

と、坪田さんは世の女の子たちに訴えたいのだと思います。

強い言葉は、意志の強さや、自分の正義に対する自信を表すために
敢えてそういわせているものでしょう。


しかし一方で「強いる言葉」は
「和解を遠ざける」あるいは「発言者からその意思を感じない」
という印象にもなってしまうものです。


※  ※  ※

これは私個人の考えですが、
もし「自分の考え方は正しいんだ」と常に思い込んでいる人が居るとしたら
その人はその時点で確実に間違っていると思うのです。


だって、「正しさ」なんてものは主観で変わるのですから。


自分にとって正しいものが相手にとって正しいものであるとは限らない。
「自分が正しいと思っている」という事は、その考え方が出来ていない証拠なのです。

「もしかしたら、理不尽を言っている相手にも納得のいく部分はあるかもしれない。」
「自分が気づかなかった事情・考え方があるかもしれない」。

その「かもしれない」を考えなかったら、
人間関係に和解・平和などありえないと思うのです。

※  ※  ※

たとえば私の感想記事は「自分の基本的価値観」に基づいて書いていますが
「自分の理屈が正しい」とはとても信じられません。

異論をもらえば「それもそうだな」と思うし、
作者から正解を聞いたわけでもない。
作者から正解を聞いたとしても、それが「自分にとって」の正解になるわけでもない。
(作品は相手に届いた時点で相手のものにもなるのですから)

例えば私がいかに「ドラマCDみたいな進行のアニメが好かない」
などと言おうとも、それを気に入った人が居るならばその人に
とってはそれが「正しい」事になるのですから。

人の気持ちを他人が否定することなど出来るはずもありません。


人の価値観が違う以上、
世の中に絶対に正しいものも絶対に間違っているものも無いのです。

(社会には絶対的善悪の基準がありますが、そういう話ではありません)


※  ※  ※

日本語特有かもしれませんが、

「〇〇するな!」という表現と
「そんなことはやめなよ」という表現では
受ける印象が大きく違います。


「強いる言葉・強い否定」は一般的に「敵」に向けて使うものではないでしょうか。



これもまた私の価値観基準ではありますが、
私が思う「ヒーロー」は、安易に誰かを敵視してしまうような
器の小さい存在であってほしくない。と思っています。


力を安易に使わず、別の手段を考えて、それでも他に手が無い時に。
あるいはそんな事を言っている猶予が無いようなときに
「相手と戦う」という手段を選ぶ存在であってほしい。

※  ※  ※

はな の強い言葉に「私が」感じる違和感の正体は、
そういう事じゃないかな。と思っています。


勿論、はな のこの態度に勇気づけられる人だって居るでしょう。
そうであるなら、その人にとっては私が何と言おうとも
坪田さんは「正しい表現をした」と言えるのです。


この話に正解不正解はたぶん無いでしょう。
(商業的・大勢の感想を集計して賛否の傾向を見れば
作品評価としての正否はあると思いますが。)


皆さんが思う個人的見解があれば、教えていただけると幸いです。


※  ※  ※

そうそう、私も中学の時にはな と似た経験をして登校拒否してた時期がありました。
(あんなにカッコイイ事情でもなかったですが)
当時は「自分は何も悪くないのに」と思っていましたし、
母親からもそんな言葉はかけてもらいましたが、

今は「あれは確実に自分が悪かったのだ」と思っています。
余りにも身勝手で他人を尊重しないクズだったのです。

タイムマシンがあるなら誰よりもまず私が自分を殴ってやりたいと思います。



そんな経験もあるので尚更、
「今自分が正しいと思っている事が絶対だなんて思えない」のです。

34 件のコメント:

  1. 「はなの強い言葉に何を感じるか」って言われれば、「男相手に正面から正々堂々と啖呵を切って捻じ伏せるのが“本当にカッコいい女性像”…だと脚本家は思ったんだろうなぁ」「“他人とうまく付き合っていく”のは“めっちゃイケてる大人の女性”の生き方ではないと伝えたいんだなぁ」って位ですかね。
    「強い言葉を使うはなを描く事で、視聴者に何を伝えたいのか」って議論以前に、「何故はなは気に食わない相手に、真っ向から強い言葉で否定するのか」と言う背景や根拠はおろか、「はなが強い言葉を使う時、使わない時」の基準も無いし、そもそも「はなの内面性」すら未だにほとんど進んでないのに、何を語れと言うのか…って感じです。

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    1. >「“他人とうまく付き合っていく”のは“めっちゃイケてる大人の女性”の生き方ではないと伝えたいんだなぁ」

      流石にそれは主観が入りすぎてませんか。

      「そういうところまでは考えが及んでないのかもしれないな」、とは私も思いますけども。

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    2. そう言われればその通りですし、該当箇所は取り下げて訂正いたします。

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  2. 私はね、似てるんですかね、ていおさんと全く同じ。
    賛同します(^_^)だから、(良い意味で)細かくは言いません(^_^)

    ・・・が、この考えもまた、他からは同意されない、
    特に、共感を基準に動くタイプの女性には、という事も
    同時に知っています。そういう人を身近で知っていますから(^_^;

    そういう人には、強い言葉が合っている、必要なのかもしれません。
    正しい正しくない、ではなく、あなたの味方だよ!を重視するが故に。

    でも、味方を強調した時点で、同時に、敵も生み出すんですけどね。
    そういう人には、そこが見えてらっしゃらない気がします。
    全員と味方になれる、そんな幻想があるのかもしれません。

    多分、若い若くないは、あまり関係ないでしょう。
    男女差はかなりありそうですが(笑)

    ここには、コメントを寄せてくれる、見識の高い女性が
    多く居られますので、皆様のコメントを、私も拝聴したい一人です。

    そして、今作は、良し悪しはともかく、この方向性で
    もう突っ走るしかない、そんな気はしてます。
    ここまで明確に、この方向性を打ち出した以上。

    後は、放送終了後に、歴史が評価を下すでしょう。
    今は見守りたいと思います。

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    1. 後続で、肯定的な意見が続いたようなので、一つ、
      大分、プリキュアから離れるかもしれませんが、
      雑談を加えておきます(^_^;

      ていおさんや私の考えに同意しない私の身近にいる女性(笑)
      ですが、実は、彼女は、はなと同じ経験をお持ちです。
      いじめられている子を庇って、自分がボッチになった経験です。

      ですが、ここからが決定的に違うのですが(^_^;、
      詳しくは語らないので子細不明ですが、どうも、
      いじめてきた相手をフルボッコにして返り討ちにしたらしく、
      結局、彼女の周りに人が集まり、いじめた奴がボッチになったそうな。

      以前、彼女を、相田マナみたいな人物と評しましたが、
      彼女は本当によく人の話を聞く。自分のプライベートを潰してまで。
      彼女は人の為に労力を払う。そこまでせんでも、と私が呆れる位。
      彼女の周りには人が集まり、常に彼女はその中心にいる。

      でも、本当は、自分の本心が言えず、八方美人な自分に、
      ストレスも抱えている。

      そしていずれ、彼女を取り合って、周りがいさかいを始める。
      彼女は真っ先に仲裁に入って止めようとするが、しまいめには、
      彼女に「結局、あなたはどっちの味方なのよ!?」と言う。

      ・・・・・プッツン(^_^;

      今までの聞き役が嘘のように、相手の自己中心的な言動を
      激しい口調で、手当たり次第に罵倒し始める。
      言ってる内容は正しいが、相手が聞くに堪えないような
      激しい言動で責め立て続ける。相手は滅入ってしまう。
      流石に最近はいい年なので手は出しませんが、若ければ
      手も出ていたでしょうね(^_^;

      ・・・結果、潮が引くように、彼女の周りからは、
      誰も居なくなる。

      そして、また新しい人間関係の中で、同じことを繰り返す(^_^;

      そういや、相田マナの幼少期の話にも似た話がありましたね。
      あの時は、マナが泣かされ、プッツンしたのはアリスお嬢様でしたが(^_^;

      ・・・こうみると、女性が感じるヒーロー像(ヒロインではない)というのは、
      我々、男、特に、理性的・理屈的な男の感性とは、ちょっと違うのかも
      しれませんね。

      マイルドな表現ながら、はなには、この女性やマナに通じるものがあり、
      それが、一定の視聴者層、おそらく、一部の女性や多くの未就学児には
      合っているのかも、という気がしなくもありません。
      ま、女性・子供と一括りにする事自体、偏見ですので、実際は分かりませんが。

      こういう話が、作劇ではなく、現実にあるとご参考になれば・・・。

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    2. それはそれは・・不器用な方ですね。(´∀`;)可愛げがある、とも言えるかもしれませんが。
      理性的な(山)さんのような方にはお似合いではないでしょうか。

      何度かコメントで教えていただいた「共感」という言葉。

      それが、本作の真意を読み取る重要なキーワードになりそうだと改めて思いました。


      「仲間に敵も味方もないだろう」と言ったところで、その価値観を持たない人にはその理屈は通じない。
      難しいもんですね‥



      ・・あ!!そういえば私も幼いころ母親に「お前はお母さんの味方になってね(=お父さんが悪い。)」
      という話しをされたことがありました。

      私は子供ながらに「家族に敵も味方もないだろう」と思ってたもんでした。
      その後まんまと私は「お父さんが悪い」と洗脳されてしまい、父には随分ひどい事を言ってしまいました。

      やがて大人になり「両親のケンカは両方とも悪かった」「自分は洗脳されていた」と気づいた後は
      母親を憎悪したものでした。13年間にわたり母親とは一切口を利かない徹底ぶりでした。


      うーん。

      あの時の私の母も「共感」を求めて「敵味方」を設定してしまっていたんだなぁ・・・
      今更ながらに理解が出来ました。

      (今は母親とのわだかまりはありません。「悪いところばかりではない」と気づけたので。)

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  3. 私はあの場面を見て、はながいじめられてる人を守った→今度ははなが孤立する→登校拒否?状態になる→母親が助言するという流れを見て、母親が何を言ったかではなくて、はなを助けようとする行動が大事だと思いました。また、はなの強い言葉についてですが、ていおさんの考えるヒーロー像とは違うと感じられたのですね。確かに、私は敵対するのではなく、しっかり相手のことを理解しようとする意思が感じられるヒーロー(ヒロイン)は大好きです。しかし、はなは自分の意見に自信を持ち、相手に伝えられる勇気を持ったキャラクターだとは考えられませんか?私ははなが脚本に操られているとは思えませんし、優しいだけでは無く時には強い言葉を言えるというのも、キャラクターとしてはありなんだと思います。私も最初ははなの強い言葉に違和感を覚えたことはありましたが、最近ははなというキャラクターを理解できるようになった次第であります。ていおさんも理想のヒーロー像とは違うけれど、はなはこういったキャラクターなんだと割りきって見てみるのはどうでしょうか?無理にとは言いませんが。

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    1. 全く仰る通りです。
      ですので、それでも私が番組を見続けようと思う限りは

      「自分の好みのヒーロー像は見られないかもしれない」
      「自分とは違う価値観の人が作るヒーロー像とはどんなものかを知る」

      というように考える必要があります。

      まさしく、そういう割り切りが必要なのだとようやく思い至った次第です。

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  4. 通りすがり2018年7月10日 23:00

    ここではモラルがどうとかフェミニズムがこうとかもっともらしい言葉を用いてはなの行動や発言をただの暴言や独りよがりの正義程度で片づける傾向が強いですが自分にはとてもそうには思えません。
    以前の正人の時や今回のジョージの時、そのどちらも野乃はなとしての魅力が十分に感じられます。
    立場の弱いものを守る”優しさ”やそれを否定し、自由を縛る者、希望を奪う者に立ち向かう”美しさ”、加えて啖呵を切る”力強さ”、その姿はまさにヒーローといっても過言ではないと思います。

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    1. すいません、男の自分からしたら現状のはなは、ヒーローなんかではなく
      「作者代弁のスピーカー、しかも壊れている」にしか見えないんですが(^^;
      ・2話ではぐたんの育児で寝不足になってるハリーに対し「はやくしろ」
      ・11話ではぐたんを育児放棄し、そのことを母すみれには相談せず
      ・19話で正人に啖呵切ったが、えみるの兄だと知ると態度が軟化
      ・23話ではぐたんを取り戻すシーンでも11話の件は触れられず
      19話の記事でも言いましたけど、坪田さんは自分の掲げるテーマの前で
      自分のやり方・方式を陳腐化させてしまったんですよね。要するに矛盾です

      ▲通りすがりさんはこういう具体的な点についてどう思われますか?

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    2. 通りすがり2018年7月11日 22:41

      そういう見方もあるのかと思いつつ過去の話を観てみたんですが特にこれといった矛盾も違和感も全く感じなかったというのが自分の率直な感想です。
      むしろ気になったのは序盤のはなの「プリキュアは私1人でやる」発言ですね。
      この時は「かっこいいから」って理由で済まされたのですがはなの身の上を知った今でこそ過去のイジメが彼女をどれだけ無意識に闇に落としたのかが伝わってきます。
      そんな彼女が今仲間と出会い、また周囲との交流を深めて成長していくのか、改めて実感出来て一層魅力的に思えました。
      そのことに気づくきっかけを与えてくれたY2Kさんに深く感謝申し上げます。ありがとうございました。

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    3. 指摘した点について客観的な反論をしてほしいんですが・・・

      イジメの過去が明らかになる前でも一貫性がないと思ってたのに、イジメの過去が明らかに
      なってなお、「はなは過去の出来事から何を学んだんだろう?」と思う次第です
      弱者への思いやり?目の前の弱者より自分を取ったのに?
      悪い事を許せない意志?目の前の悪者に何か考えたら簡単にヘタレたのに?
      はなは自分自身とすら対話できていない。それなのに周囲には自分を全肯定する仲間がいたり
      自分に敵意を向けるものには対話の余地もなく沈黙させたり、
      まさに「自分のために世界の方が動け」と言ってるようで、その価値観に誰も異を唱えない
      本編を"子供のためのヒーロー"としてる脚本に、僕はすごく違和感を覚えます

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    4. 通りすがり2018年7月14日 0:46

      客観的に、と言われましても自分にはどの様に見てもはなは成功と失敗を繰り返し、なりたい大人へと日々成長していく姿にしかとらえることが出来ません。
      自分を見失ったことはあっても優先してた様子も見えないし、悪の力に屈しても最終的に立ち直っていますし、そんな自己中かつ無責任な子にはとても見えません。
      そこまで言われるとかえってY2Kさんが自分の価値観を押し付けてる様に思えてしまいます。
      ていおさんもおっしゃってましたがここは異なる見解でも受け入れる場所でしょう。
      先日もそう注意されたではありませんか。

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    5. 通りすがりさんの言う通りです。相手の「自分はこう感じた」という感情は
      誰にも踏み込むことは出来ません。
      たとえ相手の言い分に納得のいく道理が見出せなかったとしても、
      これを聞いたら話はそこまでです。

      Y2Kさんははなの主張に対し不満を感じていながら、
      行いはまさに「Y2Kさんが不満に感じているはな」と同じようなことをこの場でしているのです。


      Y2Kさんはまだ自分が感情に呑まれて居るという自覚がありませんか?

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    6. 僕は現状では、はなはヒーロー失格だと思ってますね
      世界の方が都合よく動いてるだけです
      「強い言葉」も合法的な暴力ツールだし、
      いじめられた過去も自分を正当化する保険でしかない

      自分はこう感じました

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  5. やはり「強い言葉」について議論の場を提起して下さいましたか
    言葉そのものについてはかなり拘る方が他所にもおられて気になっていました
    言葉使いについては他の皆様がご意見されるでしょうから少し切り口を変えてみます

    今作のフォーマットだと「騙される方が悪い」に対して
    ドリームの名セリフ「騙す方が悪いに決まってる」も「騙すな!」になるわけですか
    ・・・だいぶイメージ違いますね
    たぶんこれまでのプリキュアの場合、プリキュアと敵がそれぞれ主張して、
    ジャッジはそれぞれの視聴者が下していたと思います(それが子供の自主性にも良いですし)
    演劇畑の脚本家が観客を意識しないわけもないので理由はあると思いますが
    今作は作者にとって正しい主張をキャラを通じて視聴者にぶつけるスタイルだと思います
    結果、いつも通り議論すればある意味作者そのものを否定してしまうことになるのかもしれません

    そこを加味して今後は観劇の仕方を少し変えようと思いました
    強いて作者に意見させていただくなら、外国放映で翻訳するときは厳密に意図を伝えた方が良いと思います
    そのまま翻訳した場合、下手するとかなり酷い言葉になってしまう場合があります
    あと、私は歴代ではハートキャッチのつぼみの話し方が日本語としてきれいで一番好きですね

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    1. 追記 「議論は共同作業、弁論術は言葉の殴り合い」
      ある意味えみるは周りに支える友人や先輩が居て、失敗しなかった場合のはなだなぁと考えつつ
      (確かに彼女は直系の後輩ですね、はなの失敗があってこそ守られ生まれた次世代のヒーロー)

      初代のなぎさは発声の圧とはすっぽさはありますが、実はかなり女の子な話し方です
      主張する時も男性的にならないようにしつつ力強い言い方がとてもうまいと思っていました
      私は激高したはなの言葉遣い自体はそれ程気になりません
      孫が怒ったり悲しんだりして色々叫んでいるという感じに聞こえます
      要は「子供だから」です、大人になるならまた別の技法も必要になるでしょうね
      言い方云々で・・・と言われるかもしれませんが、そこは善悪正否でなくただの技法の問題です
      自分の技法にこだわり過ぎて、本質の主張を損なっても仕方ありません

      ご近所の国のように相手を論破することが目的、論破した方が正義という文化ならともかく、
      「〇〇するな!」だと次に相手の中から主張や反論を引き出せません(退治するのは人ではなくソレです)
      逆に「なぜ人の心を縛るの?」でも発音発声次第で十分相手を咎めつつ、会話を膨らませられます
      お母さんが子供を叱る時「どうしてあなたは・・・」と言いませんか?(怒るのではなく、叱る時)
      敵や邪魔者を倒すことも含めて敵味方その他で「観客に対して作品を作り上げる」ことが大事ではないでしょうか
      主役の大見得を切った一人芝居も良いですが、相手との掛け合いの妙にも今後期待します


      同じ文章・台詞でも言い方で変わりますので、調書の文章と実際の事件の内容が
      役者さんの声当てでまったく変わる推理ドラマなんてのも面白そうです
      ニホンゴハムズカシイヨ

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  6. 難しい命題ですね。

    メッセージを伝える相手は年端もいかない子供達

    子供達が正しいと思って行った行動が間違っていたり、やり方に難があったりして
    「自分が正しいと思っても、必ずしもそうではないんだ」という考え方は
    経験を積んだり、周囲の助言を得ることで徐々に身に付けていくものだと思います。

    そういう事も踏まえた上で、子供達へのメセージとしては

    「(もし間違っているようなら親が、大人が導いてくれるから、『まずは』)
     自分が正しいと信じたものなら信じ抜きなさい、自信を持ちなさい」

    というニュアンスを含め、シンプルなメッセージ表現になったのかな?とも思います。

    >もし「自分の考え方は正しいんだ」と常に思い込んでいる人が居るとしたら
    >その人はその時点で確実に間違っていると思うのです。

    確かにそうなのですが、それはもっと大きくなってからで十分なのかもしれません。


    強い言葉についても
    >「和解を遠ざける」あるいは「発言者からその意思を感じない」という印象

    理屈や経験に当てはめれば、確かにその通りであると思います。
    正人に対する言葉は、はな のキャラクターやインパクト、メッセージを損なうことなく
    もう少し違った物の言い方ができなかっただろうか?とは思いました。

    ただ、星野みづき様が述べられたような、ヒーローとしてのキャラクター演出は
    古今東西のヒーロー演出として考えれば、決して異色ではありませんし
    断定、言い切り型のセリフというものは、普通のセリフより一段強いインパクトを与えるため
    子供達に、より「はな、カッコイイ」という印象を与える手法として考えれば
    「それはそれでアリだよな・・」とも考えてしまいます。


    はな のキャラクター演出については
    「綺麗事と言われても、誰かのために自分の理想きちんと声に出せる人がヒーロー」
    「敵の理不尽な言葉に強く言葉を発して抗う所を『カッコいい!』と感じて欲しい」
    といった趣旨のインタビュー記事からも、そういった取捨選択が働いたのかもしれません。


    脚本家、演出家、監督、プロデューサー、更にはその上の統括者
    大勢のスタッフで話し合って作られている作品であり
    どの部分が構成である坪田さん独自の部分なのか、話し合いにより形成された部分なのか
    私には分からないので、『作者』という言い方をしますが

    『作者』が作品に
    メッセージ性を強く出そうとすればするほど、その部分は強調されることとなり
    色々なメッセージを込めようとすればするほど、それを担保するため描くべき要素が多くなり
    メッセージが概ね世間に受け入れられるものであれ、その中身が踏み込んだ内容であればあるほど
    『大同小異』『総論賛成各論反対』な意見を生じさせやすくなります。

    プリキュアはヒーローものであり、敵とプリキュアとの主張の対立、ぶつかり合いが
    物語を盛り上げる重要な要素ですので、それぞれに作品ごとにに主張(テーマ)は必要でも
    「たくさん込めなければならない」「踏み込んだ内容でなければならない」
    という決まりはないのではないかと思いますが

    作品として、その主張をどこまで出していくか?
    その塩梅、バランスのとり方がとても難しいものであると察します。
    そういう意味では、今作はとても『攻めた』作品だという印象を持ちました。

    メッセージ的は攻めつつも、表現としては子供達が楽しめるように
    メッセージ性は極力枝葉を切り落としてシンプルにすることで
    これまた難しい、伝わり易さやエンタメ性とのバランスを取ったのかな?

    そして、大人に対しては「大意が伝われば、あとは各自の解釈にお任せ」
    という割り切りもあったのかな?

    果たしてその通りかどうかは分かりませんが、そんな事を考えました。

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  7. ララライバー2018年7月12日 2:03

    うーん。作品全体のアウトラインは悪くないかもしれないと思っているので、最後まで様子見しようとは思ってるんですけどね。機会を設けていただいたので、今のところ感じていることを書きます。

    はなの強い言葉は義憤の現れでもあると思います。強い言葉を使う主人公は他作品でもいると思うので、それ自体には違和感はありません。他の作品だと口調は厳しくても意外と視野が広くて、すぐにカッとなってもその後反省できて、相手の事情を知ろうとする中学生の主人公もいたので、はなもそうなってくれれば不満はありません。

    ただ、現状のはなはあまり建設的な姿勢とは思えないです。

    今のままでラスボス(暫定ジョージ)と対話を通じた和解や共存なんてできるのだろうか?と懐疑的です。今のところ、はなは弱い立場には寄り添う(同情する)けど、意見が合わない相手に対しては「どうしてそう考えるのか?何か事情や背景があるのか?」といったところまでは思考が及んでないように見受けられます。相手の考え方を理解しようとしたうえで、自分の意見を言うことができないなら、それはただの押し付けです。対話ではありません。それによってもたらされる結果は雰囲気で円満解決したように見せても、共存とはほど遠い内容だと思います。坪田さんがどうやって話を畳もうとしているのか分からないので最後まで見てみないと判断がつかないところですが、このままいけばラスボスは正人と同じような描き方になるのかなと思っています。

    最終的に、やってることと言ってることが違くないか?というような状態にならなければ何でもいいと思いますが、正人の時はこれを感じてしまったんですよね。

    ラスボスとの和解を目指すのであれば、はなはこれまでとは違った経験を踏んで視野を広げていかなければいけないと思うのですが、今週の終わりを見た限りだとどうも……

    それと、私個人としてはメッセージは「これが正しい」じゃなくて、「その考え方も分かるけど、私はこういう考え方もあると思うよ」と問いかけるようなフォーマットのほうがいいとは思うんですけどね。

    まとまらない文章ですみません。

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  8. 私はあんまり深く考えませんでしたが…

    今回の描写と合わせると、中学生で等身大のまだまだ未熟な主人公、
    くらいの認識しか持ちませんでした。
    トラウマから、攻撃的になってるフシがある、くらいのものなのかな?と。
    はなは、まだまだ描き切れてない、という感じでしょうか。

    この先、成長する機会があればよいのですが
    さて、今のはなで良しと作者?が思ってるのだったら
    ちょっと残念な結末になりそうですね。

    返信削除
  9. 哲学的で難しい問題だと考えます。
    善も悪も揺らぐものですし、悪にも悪なりの事情もあるわけで、そこまで考えると、誰かが誰かを否定する事の悲しさは語るべくも無い事実だと感じます。
    なので、敢て自分が理解出来るレベルで、単純に考えるとするならば。

    番組方針として、善と悪が対立し、善の側に立つプリキュアが、格闘戦で悪意ある相手を制する、その事を善しとしている以上、一時的にでも「ふたつにひとつ」の決断を以って主人公が行動しなければ、「ではなぜプリキュアは相手を殴っても良いのか」という、根本的な所を見直さなくてはならなくなるからなのでは……と考える次第です。

    プリキュアは愛を以って相手を『殴る』、その事実を視聴者が許容して観賞しているならば、強い言葉を放った上での『一時的な絶対的対立も有り』だと、番組として考えているのだと感じます。
    絶対的な対立を経てもやり直せる、罪を憎んで人を憎まず……という思いが前提としてあるからこそ、強い言葉を使った演出が行えるのではと想います。

    更に、プリキュアは『拳を振るい暴力行為を伴う悪と対峙する』という危険な行為を冒している以上、自己判断による自由裁量は与えられても良いと感じます。

    例えば、圧倒的な悪意ある者が最悪の悪行を目の前で行っていたとして、一般の人間はその前へ飛び出し、制止する事など、そうは出来ません。
    通り魔事件の犯人を普通の人間が簡単に取り押さえる事など出来ない……そういう現実を知ればこそ、大人は勇気と蛮勇の違いを噛み締め、己の命と生活、見ず知らずの人間の命と生活を天秤に掛け、自分の命と生活を取るのです。
    それが普通だと思いますし、間違っていないと思います。
    (もちろん私は絶対に助けにいけません)
    ですが、そこへ飛び出して制止する事の出来る者がプリキュアです。
    たとえ変身出来なくても飛び出す、それがプリキュアの資格を持つ者です。
    損得や打算も無く危機に際し飛び出してしまう、これは常識の外にある行動です。
    正義ではあっても、無謀としか思えません。
    それでもプリキュアは『拳』で悪を断つヒーローである以上、一瞬で決断し、己の責任で相手と対峙するのです。
    二者択一、尚且つ即決でなければ対応出来ない恐ろしい事態、そこへ己の身の危険も省みず介入する、それがプリキュアだと感じます。
    (プリキュアの第一話はだいたいこんな感じだったかと)

    振り返れば、プリキュアは良く『そんな事ない!』と、敵幹部の発言を否定しているのですが、20回に一回くらいの割合で、敵幹部の言い分に一定以上の『理』が含まれていたりするわけで、その理というのは大人として生きるなら必要な強かさであったり、賢明さであったりするのですが、愛と正義を守るプリキュアとして、尚且つ目の前の問題をとにかく収束させなければいけないという切迫した状況を踏まえると、それはずるい考え方である! と、一時的にでも断じて扱わなければ、とても問題の収束が図れないので、一定の理を語った幹部を拳で撃退する事もやむなしと、判断していたのではと想います。

    悪は即座に拳で討つ。曲がった事は己で判断し正せるなら正す。
    たとえ悪であっても相容れる要素があれば赦し受け入れる。
    間違っていたらごめんなさい。相手の誤りも理由を聞いて納得出来たら許す。
    これらの判断はすべて己の責任で行う。
    二者択一を行わなければ介入できない問題を、全て己の判断で決定する。
    未熟な14歳の子が抱える善悪に対する考えと思考、プリキュアという大き過ぎる威力、過去の弱々しい自分、そういった要素を含めて考えれば、はなが時々使う、先走ったような強い発言は、潔癖さと弱さ、優しさと戸惑いが綯い交ぜになった、悲痛な悲鳴の様に感じられ、個人的には生々しいリアルさを感じ、そこをボカさないのは好感が持てると思う次第です。

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  10. いろんな方の意見を見てると自分の中の違和感が分かってきてありがたいものです。
    私の場合は“言葉を覚え始めた子供の前でそんなきつい物言い(強い言葉)して欲しくない”ですかね。おかげで(これだけじゃないが)はながはぐたんにどんな子になって欲しいのかが解らない。

    具体的というか狭すぎる例ですが、もしはなが中学男子なったはぐたんに「プリキュアになりたいと言ったら皆に笑われた」と相談されたらなんて答えるんでしょう。「人の言葉に縛られるな」ですか?

    もう一面、強い言葉はヒーローの象徴という話 理不尽な敵を強い言葉で跳ね返すは確かにカッコいいシーンです。
    ところでアメコミのバットマンは悪人を問答無用で斬っていきますが、彼はそのために最初から孤独という罰を受けてます「俺は此で良いのか?」と誰にも聞けません。
    もどってはなには親も友もこのシリーズでは子供までいます、けどこの勢いだとクライアス社やジョージクライを斬り棄ててしまいそうです。彼らにも家族がいるなど考えずに

    まあ、こういうプリキュアが居てもいいという意見は否定しませんが、はなに対しては「母(家族)に感謝はないの?見習おう真似してみようとか思わないの?」というのが先にくる感想ですね。

    最後にメタネタ なぜこんな力強いヒーロー(プリキュア)に子育てさせようと考えたのでしょう、子連れ狼でもやりたかったのかな。まあ時間の前後が逆ですけどね。

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  11. 自分が過去にされたイジメを思い出すような光景を見せられたら、感情的になってしまうのかも?
    だからその表現として「強い言葉」を使っているのかもしれません。

    「思い込みと決めつけで他者を縛る」「人をモノ扱いする」
    はなが強い言葉を発した場面は、どちらもイジメのシチュエーションとしてありそうな光景ですもんね。
    はなも過去にそれと似た内容のイジメを受けていたのではないでしょうか?

    しかし、もしそうだったとしても、
    あくまで「かもしれない」の範囲を越えられないんですけどね…

    イジメというデリケートすぎる描写を扱うために
    子供たちにはパッと見分かりにくい、考察を必要とする描写を
    あえて選んでいるようですからね。

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  12. 強い言葉を使って相手を罵倒する
    というのは勧善懲悪的な昭和の男児向けヒーローにありがちですが今やるのは時代錯誤です
    昔は治安が悪かったから悪を暴力をもって退治してくれるヒーローの存在が魅力的で民草には共感出来るものだったわけですが
    今は昔ほど治安が悪くないですし民草の悩みは自分の漠然とした将来への不安であるからヒーローに求められるのはカウセリングである
    と特撮の井上御大、脚本家井上亜希子女史のお父さんもインタビューで話していました
    私もそれに同感であるのと、悪いやつがいるぞ!やっつけろ!というのはプリキュアらしくないとも思います
    ツミレ煮込んで干物煮込まず、もとい罪を憎んで人を憎まず
    フレッシュプリキュアのカオルちゃんの言葉ですがプリキュアの対悪論を端的に表していると思います
    全てとは言えませんが大抵のプリキュアがこれに根差した行動をしていると思いますよ
    マナやいちかはその最たる例ですね
    これに対してはなの言動は極めて排他的で相手を尊重していません
    怒鳴り込んで踏みにじる
    守られる弱者からしたら頼もしいのかもしれないですが非常に歪であると感じます
    プリキュアって友達を増やす、から拡大して人間関係を広げていくってこともとても大事な要素ではないですか?
    はなのようにオラついた言動はそれと決定的に矛盾していると思います
    ビシッと叱る
    それは結構
    でもそこに加えて「こうしたらいいよ」と優しく導くということもセットになっていなければ話になりません
    はながやってるのは怒鳴りつけて遠ざけてるだけです
    根本的な解決になっていない
    歳を考えれば未熟であるのも仕方ないと言われますけどプリキュアとしてすでに半年も戦っていながら未だにこれなのは異常ですよ
    こんなはなの行動が否定的に描かれていないことに強い危機感を感じます

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    1. シナリオン2018年7月15日 15:52

      気持ち悪さの要因の1つに、間違い無くはなが全肯定されているだけで、
      誰も危機感も危惧も否定も疑問視も、何もないところなんですよね。
      作中の価値観に、多様性も他者を尊重する寛容もない、独善で支配されているところが、
      まさしく、このはぐっとプリキュアの危うさがあると思います。

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  13. はなの味方してる人に訊きたいんですが、11話のはぐたん放棄はどう釈明するんですか?
    あれって、「赤ちゃんどうなるの?」ってお子さんが質問してきたらどう説明するべきなんだろう
    「目を覚まさない赤ちゃんを放置するのは大問題ではない」って断言できるんだろうか?
    ・・・えーと、このアニメのテーマって何だっけ?(^^;

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    1. その1点だけを挙げて「コンセプト詐欺」だ。→この作品は失敗作だ。
      そう思われるのは自由です。

      確かに引っ掛かったけど、他に良い点はある→断罪するのは早計。
      実際に子育てすれば、そういうこともあるし、目くじらを立てるほどでもない。→この作品が好きだ。

      実際にはもっと細分化されるんでしょうけど、こういうことなのでは?

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  14. シナリオン2018年7月15日 15:39

    強い言葉を使うのは構わないと思います。
    そういうプリキュアがいても良いとも思います。
    が、そういう強い言葉を使うには、其相応の責任が必要になります。
    それなのに、まるで責任も考えずに言わせている辺りが、大きな問題点ではないでしょうかね?

    えみるの件にいたっては(えみると正人の関係は家族である以上、その後も続くのに)部外者として引っかき回すだけで、
    まるで責任を取る気も無い立ち位置で正人に、強い言葉を言う……その後、家の中でえみるの立ち位置はどうなるの?
    子供向けのエンタメコンテンツなので上手くいかない訳はないのですが、それでも正人にそういう事を言っておいて、
    えみるが家の中でより辛い立場に立たされるかもしれないのに、それらに一切責任も何もない中、
    自分の言いたいことだけを言う……というのが問題なのではないでしょうか?

    他人を否定する言葉を使うのは構わないですし、それを描くのは面白いとも思いますが、
    それに対してはなが一切の責任を負う気もない、責任を負えるようなポジションにもいない、
    それなのに言わせてしまうから、不快に見えるのだろうな……と僕は理解しました。

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  15. シナリオン2018年7月15日 15:46

    追記
    無論、13~14歳の子供の発言であるから、そういう無責任で無思慮な発言があったとしても仕方ない。
    そこから成長していくから……というフォローや擁護もあるかもしれませんが、
    だったら、それは作劇の作法として、『正義のセリフ』として描くのではなく、
    『間違った正義のセリフ』として描くべき箇所になるので、
    仲間や敵から『それは間違っている』という指摘を受けてないといけないんですけどね。
    そうなっていない以上、今後成長させる余地として描いていない事は明白なので、
    この野乃はなというキャラクターの正義の価値観は、そこから成長させる気はないんでしょうね。

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  16. 表面上はやわらかい言葉遣いをしながら自分の正しさを信じこんでいる、という人間は十分存在するのであり、攻撃的な言葉遣いが必ずしも「正しさ」の確信を表している訳ではありません。むしろその逆もあり得るわけで、そうした複雑な心情の機微を描くのが創作の醍醐味ではないでしょうか(ハグプリにそれができているかどうかは別として)。
    そうした点から言えば、強い言葉であろうがやわらかい言葉であろうが、このような機微を作り手が意識していない台詞回しは全て虚しいものであり、私がハグプリだけでなく歴代プリキュアに感じていた不満はかなりの部分ここに起因します。たとえばコメント欄でフレッシュにおける「罪を憎んで~」というセリフが挙げられていますが、私に言わせれば、あれこそ何の心情の機微も感じられない、既成の道徳的標語をキャラクターに喋らせていただけのように見えます。それを受けてあっさり納得し、イースと殴り合いを始めてしまうラブの扱いも同様に。
    はなの「強い言葉」に違和感を覚えるのも、言葉の強弱以前に「なんでその言葉がそのキャラクターから出てきたのか」が納得いかないからではないでしょうか。ハグプリはあまりにも多くの「道徳的にやるべきこと」をキャラクターに背負わせ過ぎているため(そしてこれは歴代プリキュアが払拭できなかった病理でもあると思うのだが)、その道徳的要素一つ一つの間で整合性がとれていないのだと思います。
    また、これはていおさんと異なる意見ですが、「自分が正しいと信じ込んでいる」ヒーローというかプリキュアがいても全然よいと私は思います。そうした道徳的に「正しくない」ヒーローでも、スタッフが前述したような心情の機微の表現にこだわってくれれば視聴に耐えうるものになるでしょうし、むしろそうした作品を作れるくらいの「上手さ」を見せて欲しいです。

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    1. >「なんでその言葉がそのキャラクターから出てきたのか」が納得いかないからではないでしょうか。

      そうかもしれません。
      まだ私のこの理論には穴がありそうです。

      よい見解を頂きありがとうございます。

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  17. あまのじゃく2018年7月29日 1:37

    二週間も前の記事をていおさんは読んでらっしゃるのかな、などと思いつつ今更コメントを書いています。プリキュアと関わりが薄くなりそうなので書かずにいたら時期を失してしまいました。まあでも折角考えたことなので書かせていただきます。
    私は昭和(個人的には元号は使わない主義ですが分かりやすくするためこう書きます)の人間なので、ヒーロー・ヒロインが敵と和解するというよりは、無慈悲な敵と闘って殲滅する話を当然のように見てきたので、そんなに違和感を感じなかったのですよね。確かにプリキュアシリーズとしては異例かも知れませんが、他の方も仰ってますが夢原のぞみの「騙す方が云々」の事例もありますのでね。敵をも許すヒロインというと真っ先に思い付くのはセーラームーンの月野うさぎのように思いますが、彼女は現世はともかく、前世では月の王国のプリンセスだったので、プリキュアとはいえただの少女である野乃はなと同列に論じて良いのだろうか、という疑問はわきます。うさぎちゃんの場合、敵をも許す優しさは美点であると同時にある種の弱さとしても描写されていたように思いますので尚更です。うさぎ達内部戦士へのアンチテーゼとして、信念の為に手を汚すことも辞さないウラヌス・ネプチューンも登場しましたし。
    もうひとつ、個人的な事を書くことをお許し頂ければ、私は条件付きですが「自分の正しさを信じる事が必要な場合もある」と考える者です。私は行政用語で言うところの同和地区(関西の方なら良くご存じでしょう)に生まれて、生まれゆえに就職やら結婚やらがダメになる話を見聞きしてきました。そうした立場からしますと「理不尽を言っている相手にも納得できる事があるかもしれない」などという広い心はとても持てません。汚ない言葉になって恐縮ですが「人が良かれと暮らしてる所に土足で上がり込んでクソを撒き散らして噛みついて帰る」ような輩には憎悪しか湧きません。少なくとも「お前にも俺にも同じ赤い血が流れてるんだぞ」と言うことを納得させないと気がすまないというのが正直なところです(勿論暴走すれば危険なことは分かりますしよくよく注意しなければなりませんが)。他にも障害者や最近では給与未払いのブラック企業の問題などに関わる機会をもった経験から言うと、盲導犬を拒否する飲食店とか(他のお客さんから苦情が怖いのでしょうが、視覚障害者にとって盲導犬は目の代わり以上の存在です)、金を払いたくないだけで会社を偽装倒産させる社長とか、どうしようもない人達をたくさん見てきましたので、少なくとも自分が悪いと思ってない連中とは和解したくても出来ない、相手が自分の行いの悪どさを認識して初めて和解の前提が出来る、としか私には考えられません。こういう考え方は今の日本では良く思われないことは承知していますが、少数者の立場からは切実な問題なのです。そうした考え方の人間からすると、しばしば悪気なく差別的行動をとる人達(ex:正人お兄さん)などに向けたはなの言葉は、相手の信じる枠組みを揺さぶる、意義がある言動・行動に思われます。まあ私の考え方がエキセントリックなのは分かっていますので、こういう考え方もあるという程度で認識していただければと思います。

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    1. 管理人のもとへは通知が来るので、10年前の記事だろうが来たものはチェックできます。

      さて仰ることについてですがまさに正論だと思います。
      そしてそれは、この本文と全く同じことです。


      この本文を一言で表すなら

      「どうにもならない理不尽」を示さない内から主人公に「拒絶」という行動をさせないでほしい
      という事なのですから。

      削除
  18. あまのじゃく2018年8月18日 13:48

    ご無沙汰しております。コミケでお姿拝見したのですが、頒布物がラブライブのようでしたので、何も買わずにお話だけというのもいかがと思いお声がけはしませんでした。
    さて、先日の文章ではわかりやすくするために「どうにもならない理不尽」の例を挙げましたが、「どうにかなるかもしれない理不尽」だったら、主人公に「拒絶」の行動をとらせてはダメなのか。私は必ずしもそうは思いません。こういう話を書きますと「漫画・アニメに政治を持ち込むな」といった反応もあるかとは思いますが、ここのところの女性を巡るニュース、あるいは個人的に関わりのある沖縄を巡る報道など見ていますと、世の中強い言葉や行動で示さないと自分の行いに思いを巡らすことが出来ない方々が今の日本にはあまりにも多いと感じております。女性の話に関して言えば、私も男ですからどこまでわかっているかというと疑問ですが、男社会の日本では「何もそこまで言わなくても・・・。」と感じられるかもしれないけれど、当事者にとっては叫ばずにいられない、ということもあるのではないですかね。
    私はかねて申し上げてきましたし、最新話の感想で他の方も仰られていますが、明らかに今期のプリキュアは男のアニメオタクは無視して、今は小さな、そして将来はこの社会に出てくる女の子達とその親御さんへのメッセージに注力しているとの感を受けます。そうした作品作りは必然的にある種の社会性を含む表現を伴うと思いますし、はなの「強い言葉」はそうした作品性の象徴とも言うべき部分になっていると個人的には考えますが、いかがでしょう。

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※意見交換の際にややこしくなるので、匿名での投稿はご遠慮ください。
なんでもいいからHNを名乗って頂けます様お願いします。

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